無能ハイエナ転生者、勇者と勘違いされて魔王の娘の執事になりました

紫煌 みこと

第1話 今日から私は執事でございます


 ある日突然、異世界に転生した俺。

 目覚めた場所はただの洞窟だった。

 前世で転生テンプレ大好きだった俺は、最強スキルで無双とかを期待した。


 しかし、現実とはうまくいかないものである。


「あぁ? 低すぎないかこれ?」


 ステータスという概念が存在していたらしいので、試しに開いてみた。


 ◇スキル:なし

 ◇神の加護:なし

 ◇能力:なし


 俺にはスキルも加護も、卓越した能力もなかった。いわゆる転生ガチャハズレだ。

 あるのは前世の記憶と、平均的な身体能力を持ったこの身ひとつ。

 ――能力値に恵まれなかった俺は、生き延びるためにある手段を選んだ。





(よしっ。このダンジョンなら安全だ!)


 俺のモットーは、「何が何でも生き延びる」。

 なぜなら、人は死ねば残るものは何もないからだ。


 俺は、強力な冒険者たちが一度攻略した洞窟を漁り、残っていた宝などを売るという意地汚い戦法に出ていた。

 まずはイイ感じのダンジョンに目星をつけ、誰かが入るのを待つのだ。


 そして時間が経ち、勇気ある冒険者たちがダンジョンを攻略しようとやってくる。激しい戦いを終えた後、笑顔で洞窟から出てくる彼ら。当然、ダンジョンの敵は殲滅させられている。

 俺は前世の陰キャパワーで身をひそめ、彼らが立ち去った後に洞窟へ入った。


 案外、冒険者たちが忘れて行ったお宝などは多くあるものだ。

 俺はとにかく光物を回収し、商人に売りつける。それを続けていくことで、生きるだけの金は何とか手に入った。


 ――という、生き恥みたいな行為。

 強者が狩った餌の残骸を漁るハイエナのような生き様なのだ。


 でも、それでよかった。

 生きてさえいれば、いつかはチャンスが巡ってくる。

 そんな空想を夢に描きながら、俺は生き続けていた。





 そして、そんなある日。

 俺が誰か強そうな冒険者を探しながら歩いていると……

 険しい山道を歩く、一人の青年を見つけた。俺はとっさに隠れ、その姿を確認する。


「あいつは……勇者か」


 そう、勇者。

 すごいよな。たった一人で、ものすごい数の魔物を倒してきている孤高の剣士だ。俺みたいな存在とは……生きる世界が違うんだ。

 世界中から期待されている。彼はマントを翻し、無表情で去っていく。

 一体、どこへ何をしに行くのだろうか?


(勇者が倒した敵の報酬とか……絶対うまいよな! ちょっとついてってみよう)


 俺はそんな軽い気持ちから、ひっそりと勇者についていった。




「うわっ……すげぇ」


 岩陰に隠れて戦いを見守っていた俺は、思わず感嘆の声を漏らした。

 そう。勇者が崖っぷちで、魔王の部下と戦っていたのだ。

 巨大な角を持ち、ローブを纏って魔法を操る強キャラ感満載の敵。戦っている最中に何度も魔王の称賛を叫んでいたのだから、魔王の幹部みたいなやつなのだろう。


 しかし勇者は、そんな部下を圧倒し、倒してしまった。

 ピクリとも動かなくなった敵を見下ろし、勇者は特に何も取らずに去ってゆく。


「よっしゃ! 何も取ってかなかったぜ、ラッキー」


 今までいくらかの魔物の残骸を漁ったことがあるから知ってる。強い奴ほど、大きな宝石や素材を持ってたりする。こいつの角、なかなか高く売れそうだ。


「うっひょぉー、たくさん宝持ってるぜ、この幹部!」

「おい」


 調子に乗って浮かれていた俺に突然、冷たい響きを帯びた声が、背中に突き刺さった。

 ……空気が凍り付く。俺は思わず振り返った。


 幹部とは比べ物にならぬ、巨大な角を持った男。

 装飾が施された王冠を被り、俺を静かに見下ろしていた。

 立っているだけで、半端ない恐ろしさを放つ男だ。俺は恐怖と驚きから、一歩も動けなくなってしまった。


「俺は魔王だ」

「……あ?」

「部下の帰りが遅いので、一応見に来てやったのだ。貴様が俺の部下を殺した勇者だな?」


 魔王……?

 そして、俺が勇者……?

 何を言われているのか理解できず、俺の口は音もなくパクパクしていた。


「俺が勇者……ち、ちがっ……」


 違う、勇者は俺じゃない。さっき去っていたんだ。俺は殺していない!

 ……でも、言い訳は通じない気がした。

 魔王の眼光から放たれる、有無を言わせぬ威圧感。下手に事実を伝えようとしたら、「言い訳はよせ」みたいに殺されるんじゃないか?


 これ、詰んだ。

 仕方ない、渾身の命乞いだ。


「……申し訳ございませんでしたああああああ!!」

「……は?」


 魔王が怪訝そうな目を向けてくる。

 ひぃっ。早く、次の言い訳!


「俺が勇者です、俺がこいつを殺したんです! でも俺はとても……魔王様に叶うような者じゃありません。どうか命だけはお助けをっ……!」

「……」


 地面に額をこすりつける俺。

 魔王は何も言わずに俺を見つめた。

 どう反応するんだ? 俺、魔王様の気分次第じゃ命が消されるんだけど?


「……随分とまぁ、卑屈で醜い勇者だな。高潔な血族であるというのに」

「……ぁ……」

「だがこれも面白い。いいだろう、お前を特別に生かしてやる」


 よっしゃ来たあああ!! 即死亡回避!!

 俺ってば天才! 死ななけりゃ、こっちのもんだ。

 なーんだ。魔王様、案外ちょろいものなのか。


「ありがとうございますぅ! では俺はこれにて――」

「待て、勇者。条件無しで生かすと思うな」

「はい?」

「お前には、俺の愛娘の執事になってもらおう。ちょうど娘が人間に興味を持っていたところなのだ。娘を傷つけたり、逃げようとしたら即座に殺すからな」





 俺は、黒と白の制服を着て、巨大な紫の建物――魔王城の玉座の間に立っていた。

 ……ん? おかしいぞ?

 俺は何をしているんだ? ハイエナ生活は? 俺は……



 すると魔王が、一人の少女を抱えて歩いてきた。

 長い金髪と、クリっとした赤い瞳を持った少女だ。2本の角はまだ短い。まだ片手で抱えられるような身長。おそらく、人間の子どもで言えば5歳前後だろう。


 魔王は呆然と立ち尽くす俺を見て、にこやかに笑った。


「さて、お前は今日から俺の部下だ。この子こそ、俺の愛娘であり、次世代の魔王となるフューレだ。これから、このフューレを頼んだぞ。どうだい、フューレ。彼がお前の執事だ」


 フューレと呼ばれた少女。彼女は無表情のまま俺の顔を見つめ、幼稚な口調で喋った。


「なにこいつ。人間?」

「そうだ。お前が興味を示していただろう?」

「そうだった」

「じゃあ、後は仲良くするんだな」


 魔王はその場から去って行ってしまった。

 残された俺とフューレ。沈黙が気まずくなってきたので、俺は苦笑を浮かべながら話しかけてみる。


「……や、やぁ、君がフューレちゃん……」

「きしょい。ちゃん付けやめろ。あと敬語使え」

「えっ、あっ、すみません」

「ねぇねぇ執事、人間って燃えたらどうなるの? 溺れるとどうなるの?」


 なんか、ものすげぇ尊大な態度と物騒な質問……

 これは魔王譲りの性格なのだろうか。


「燃えたり溺れたりしたらぁ? 知りませんよ、俺……コホン、私はどちらも未経験ですから」

「そっか。じゃあ今から執事を使ってやってみよーね」

「……ん?」


 聞き間違いかな?

 今、俺を使って確かめるみたいなこと言ってなかった?


 フューレはちんちくりんな両手を大きく広げ、その場でジャンプする。


「私が魔王になったら、人間はみんなおもちゃ。私がしたいこと全部する。それが私の夢!」


 なんの悪気もなく、世界が滅びそうなことをサラッと言うフューレ嬢様。

 一瞬、俺の脳裏に壊滅した異世界が映った。


(まずい……こんな子が魔王になったら、世界終わる……!)





 こうして、ひょんなことから魔王の娘の執事になってしまった俺。

 めちゃくちゃなロリっ子との生活は、想像を絶した波乱なものとなるのだった。


 まずは……次に来る、火あぶりと溺死をなんとか回避しないとだ。

 フューレは何の悪意もない表情のままである。


「ねぇ、執事。炎と水、どっちが好き?」

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