悪役の最期
二ノ宮恒一
本編
「エクストリームブレイド!」
「ぐわあああああっ!」
暗闇に聳え立つ魔王城。魔王は最後の一撃を喰らった。眩い剣撃が刹那の如く魔王の肉体を貫き、闇に一筋の光が伸びた。
(我もここまで。くっ、勇者め。今度復活を果たしたら、お前を殺してやるからな)
消える瞬間も魔王の瞳には野心が灯り続けている。命が無限にある魔王にとって、それは当たり前のことだ。
儀式で復活できればまた世界を征服する。それが魔王の悲願である。だからこそ、その邪魔をする勇者を倒してやるのだ。
「くっ、覚えていろ勇者。絶対に、お前を、殺してやる――」
意識が途絶える。無に戻り、魔王は復活の時を今か今かと待ち侘びた。
魔族は必ず魔王を復活させる。それは確定事項だ。どれだけ時間が経とうが、必ず復活できる。
勇者が死のうと、その末裔を根絶やしにする。魔王の思考はそれだけだった。
――一万年が過ぎた。魔王は復活しなかった。
(なぜだ。どうして復活しない)
困惑する魔王。待てど暮らせど現世への扉は開かなかった。
寂しさに暮れる魔王。その様子はまるで恋焦がれる乙女のようだった。
(誰が乙女だ!)
自問した言葉につっこんでしまうほど病んでしまった心。魔王は待ち過ぎてしまった。
前回は復活まで百年程度だったのだから仕方のないことだ。
――ピキッ
その時、空間にヒビが入る。それは復活の合図。魔王は無の空間を抜け出すことができることを実感する。
(おお、ついに……。待っていろ、勇者の末裔。我がお前の家族を全てミンチにしてくれる!)
空間が開ける。体が出現し、空気と重みも感じるようになる。手が動き、足が地を掴み、口が開いた。
(この感覚、実に久しい)
瞳がその光景を目の当たりにする。
――なんだ、これは。
そこは、絶望だった。
死屍累々が隙間なく地を覆い尽くし、空は鈍色に変色し、鉄の臭さが異様に濃い。銀色に輝く巨鳥が今も、空から卵を産み落としていた。
「ふむ、これが我の消えた世界、か」
――バシュン!
頬にかすり傷がついた。魔王の防御力を一瞬でも貫通する威力、初めて見る攻撃に驚きを隠せない。
魔王は空気中に弾かれたソレを思わず摘んだ。魔王に傷をつけたナニカは、小さい剣のような形状をしている。
「ば、化け物!」
「……ほう、我を化け物と呼ぶか」
声は男から聞こえた。実に貧弱な布の装備を着た、間抜けな人間だった。
「な、なんなんだよお前は!」
――バシュン!
男の持つ筒から放たれたソレを適当に掴む。手のひらに少し傷がついた。威力は高いが持続力がない。これならば勇者による剣撃のほうが強かっただろう。
「ひ……ひぃ!」
「……うむ、弱いな。小童」
「なんで銃が効かないんだ!」
「ほう、それは『ジュウ』と呼ぶのか。面白い武具だが、我の前では無意味だ。この魔王の前ではな!」
高笑いをして見せる魔王。その気高き姿を見せれば森羅万象が平伏すと知っているからだ。
けれど男はポカンと口を開ける。
「ま、魔王……?」
「そうだ! どうだ、驚いたか小童」
「……サタンとか、ルシファーとかじゃなくて?」
「誰だ其奴は。知らん。我は魔王、この世を征服するただ一つの最強たる存在なのだ!」
「……は、はあ」
男は微妙な表情を浮かべた。
頭に来たので首を締め上げる。ぐぎぎ、と力を入れる。
顔を真っ赤にしてこちらに視線をよこす。
「これで力の差がわかっただろう。我を不快にさせたこと、悔いて死ぬがいい」
「……くっ」
男の瞳が真っ直ぐに魔王を見る。死の瀬戸際にいるというのに真っ直ぐな眼だ。
「――い、嫌だ!」
「なんだと?」
「僕は、まだ何もなしていない! 目の前でみんな死んだ、ヴェインも、ドイルも、ガリスレッダも……みんな死んだ。けど、まだ生きている人も、いる……だからっ!」
――みんなを救いたいんだ!
魔王の脳天に思考が刺さる。あいつの影が重なる。同じようなことを口にした宿敵の影。
「世迷言を。この惨状を救うなど、我にもできんよ。屍の山が積み上がるこの地で、どれを救おうと言うのだ!」
「そ、それでも……救いたいんだ!」
真っ直ぐに覗いてくる視線が、似ている。
実に生意気な口だった。今すぐにでも脊髄を引っこ抜いてやろうとも考えた。けれど興味もある。この状況を打開できるというのなら――。
そう思うと、不思議と笑いが堪えきれず、手が緩んだ。
男は無様にも下に落ちる。
「ごほ、――っごほ!」
「はは、あははははは! そうか、こんな世界を貴様は救えると言うのだな。我ですら骨が折れるこの醜き地獄を、救うと言うのだな」
「う……るさい! 魔王だか、なんだか知らないが、僕は必ずみんなを救う!」
「であれば救うがいい。それまで貴様を殺すのは無しだ」
*
「まさか……本当に、救うとはな」
世界は平和になった。近代技術で適切に管理された世の中は、あらゆる人間の自由と尊厳を適度に制限しつつ、無用な殺生を避ける設計になった。
そして、魔王はその象徴となる存在となった。圧倒的な力の前に人類は魔王へと従い、従う代わりに自由になった。
「マオウ様。国民が貴方様の演説を待ち侘びております」
秘書の女がタブレットを持ち魔王に話をかける。
「うむ、すぐに行く」
魔王はベッドに横たわる男を見て、言った。
「願いは叶ったか?」
「……ああ、叶った」
弱々しい声。震えている。
「小童、貴様はもう長くないらしいな。それでよかったのか」
「何を言う……魔王。僕は、君に会えなかったら、とっくの昔に、死んでいたよ」
男は実に弱かった。弱いのに理想だけは一人前で。けれど、嘲笑うことはできなかった。
「我は演説に向かう。貴様のような小童を看取る趣味はない。民が、我を待っているからな」
「ああ、行ってきてくれ。弱い僕の代わりに、強い君が……」
――何を言うかと思えば。
「貴様が、弱いわけなかろう――」
言葉は民衆の声援に消えた。青い空の広がる地で、民はその力の象徴たる彼を見て、敬服し、全てを預ける。
大観衆を前に紙吹雪が舞う。魔王の悲願は達成された。
――さらばだ、勇者。我、友よ。
悪役の最期 二ノ宮恒一 @Ninomiya_Koichi
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