18話目:ヒビキ、キレた

 流石に全裸を放置することはできないということで、俺とエトルリア先生はすぐさま仮設テントの中へと連れ込まれてしまった。


「こんなところに連れ込んで何する気なの!?」

「先ずは衣服を着用してもらおうかと」

「先ずは!? その次は何する気!?」

「とりあえず、事情をお聞きする予定ですが……」

「ウソよ! 向こう側で異世界パンデミックが起きたからこっちに避難して、別の入り口を使って助けを呼びに行くアタイ達を捕まえてあんなことやこんなことするつもりね!?」

「概要のご説明、感謝します。ですがそれよりも、服を着てもらえればと……」

「なによ! 服がそんなに大事なの!? 法律よりも!?」

「その法律の問題でもあるので……」


 そんな感じで自衛隊さんの注意をこっちに引きつけてる間に、エトルリア先生は着替え終わっていた。

 一応、あっちとこっちを移動する為の衣服が準備されていたので、これでもう服が爆発四散して全裸での国境線突破することはない。


「で……エトルリア先生はなんで喋らないんすか。俺が生着替えしている間にパパパっと説明してくれればいいのに」

「#$&~~|\\<<-''」

「……すんません、何語か分かんねっす。モッピャラピロポン国の言葉とかそんなんっすか?」


 エトルリア先生がジト目でこちらを見てくる……そんなに全裸の僕ちゃんを見られても困る、いや困らないけど。

 あ、そうか! 忘れてたアッチだと統一言語があるけど、こっちにはないんだった!!

 じゃあ全部俺が説明しなきゃいけないのか。


「え~と、じゃあどこから説明しようかな……」

「その前に服を着てください、お願いします」

「なんですか! 緊急事態なのに服を着ないと話を聞いてくれないんですか!?」

「服も着せずに話を聞く方が問題です」


 それは、そう。

 いったん頭の中の考えを思考の隅っこに片づけて服を着ることにした。


 さて……さっきまでまとめてた情報、どこいった?

 大掃除の時に雑にまとめておいた荷物がどこいったか分からなくなったアレと同じ現象が起きてるぞ。


「すんません! ちょっと頭の中整理したいんで飯ぃください!」

「緊急事態という話は……」

「緊急事態だからこそ! しっかりと情報をまとめたいんです!」


 そんなこんなで飯を食いつつ、あらすじを説明する。

 流石にラーメンも自衛隊名物のカレーも無理だったので、戦闘糧食をおねだりしてわけてもらったが。


「ふぃ~、食った食った!」

「まだ食べてる途中に見えるんだが……」

「皆さんのおもてなしの気持ち……それだけで、わたくしはもうお腹いっぱいでございます。……んっ、この味うまっ!」

「お腹いっぱいなのに食べ続けてるね……」

「限界と延滞料金は超える為にあるって偉い人が言ってたので」

「延滞料金は超えた時に発生しているものじゃないかな……」


 楽しいな、この自衛隊の人。

 しかも任務のせいで俺から逃げられず、嫌が応にも相手をしないといけないって境遇がかわいそう。

 まったく、ヒドイ仕事を押し付ける人がいるもんだ。

 これじゃ俺、自衛隊の人を信じられなくなっちゃうよ。


「失礼します。音無さんとエトルリア教員のお二人に……その……」


 ものすご~~~~くイヤな予感はしていた。

 だけど断ったら敵前逃亡で銃殺なんとか刑にされる可能性があるので、おとなしく連れていかれることにした。


 そこはひと際大きな仮設テントの中でありながら、まるで壮大な会議場のようになっていた。

 なんか政治家っぽい人の近くに座ると、眼前にカメラ通話ような映像が映し出され、そこには異世界側の人達の姿があった。


 そこからはもう完全にドラマとか映画みたいな感じだった。

 軽い自己紹介から始まり、事態の共有。


 誰が悪いか、責任はどこにあるかという話は一切なく、ただ実直に事態を収束させようとしていた。

 ちなみに余計なことを喋らせないようにする為か、俺はひたすら尋ねられたことに答えるだけのBOTとなっており、エトルリア先生は退屈そうに足をブラブラさせているだけだった。


『一先ず、方針は決定いたしましたな。<黒の遺産>からいでし厄災を静めるべく、我々は日本国を経由して学園へ<探索者>を派遣』

『その際、日本国には大変な不便をお掛けすることと存じますが、どうかご了承頂けると幸いでございます』

「ハッ! もちろん、我々としても隣人の危急に僅かながらですがお手をお貸しする次第でございます」


 そうして会議は終了し解散……するはずだったが、異世界の窓二つがまだ残っていた。


『すまない、ヒビキくん。少しいいかな?』

「はい、オレヴ・ヨーゼフ卿。少しと仰らず、どのような事でも」


 ヨーゼフという単語から分かる通り、ヨーゼフパイセンのパパ上様である。

 いつものノリで話してもいいのだが、隣でめっちゃオロオロしてる偉い人の胃が爆発して人工臓器になるのは流石に可哀相なので、猫と皮と泥を被っておくことにした。


『息子のヨーゼフだが、学園ではどうだったのかを聞きたくてね』

「……マッチョでしたね」

『健全な身体と精神を体現しようとしていたからね。他には?』

「知的好奇心が豊富で……レヴィ先輩がよく困ってました」

『うむ、うむ……彼には子供の頃から助けられている。良い友を、そしてキミのような良い後輩を持ったと思う』


 噛み締めるように言うヨーゼフ卿の言葉に、相槌を打つ。

 恐らくこの人はもう、生きている内に息子に会うことができないことを覚悟しているのだろう。


 夢のダンジョンとやらに行く為には、一度日本を経由する必要がある。

 そのせいで、装備やら道具が消滅しないよう処理と加工に時間がかかる。

 しかも人数が多ければ多いほど、時間も予算も莫大に膨れ上がる。 

 そこから更に夢の牢屋だかダンジョンやらを攻略するのに時間が必要で、しかも相手は<黒の遺産>に封印されてた意味不明な道化師。


 異世界側の見積もりでは、軽く十年以上……下手をすれば五十年はかかると試算していた。

 そしてその見返りとなる<消失時代>の真実とやらは、その五十年に値するらしい。


「寂しくありませんか?」

『ハハ、そんな歳じゃないさ。それに私もあいつも覚悟している。そういう家に生まれたのだからな』


 しっかりと割り切った大人の言葉である。

 嘘ではないんだろうが……それでもやりきれない気持ちはあった。


『ただ―――恐らく私が生きている間に再び語り合うことはないだろう。それだけが残念でならない』


 そう言ったヨーゼフ卿にどんな言葉をかければいいのか分からないまま、映像は切れてしまった。

 最後の最後に……領主ではなく、一人の父親としての言葉が呟かれた。


 残るは≪ドルイド≫のカシェル卿と呼ばれる人だけだった。


『相も変わらずですね、ヨーゼフ卿は。昔を知る者としては、吐息が漏れてしまいそうです』

「ところで、カシェル卿は俺に何か御用で? そちらも生徒のことで何か聞きたいことがあるのかと」

『そうですね。あなたの持つその指輪について少々』


 なんかすっげー嫌な感じ。

 嘘ついたら変な難癖つけられそうだし、適当にはぐらかそう。


「ええ、ちょっとした貸し借りから預かりました。どういう意味を持つかは分かりませんが、何か特別なもので?」

『ふむ、あなたは幸運ですね。それは獲物に狙いを定めたという意味を持ちます。よほど執着されているようですね』


 コエーなヲイ、なんちゅーもんを渡してきやがったあのエリートお嬢様。

 お前を殺すのはオレだ的なやつか?


「とても幸運とは思えない意味に聞こえるのですが」

『それを渡したのは学園生でしょう? ならば、あなたが生きている間に目覚めることもないかと。つまり、あなたは無事に逃げきれたということです。お分かりで?』


 へぇ~? ほぉ~? ふぅ~~~~~んんん?

 俺がせっかく沢山作った貸しと借り、それが全部チャラになったのに~~~?


「まだ自分が逃げ切れたとは限らないのでは? 彼女が<黒の遺産>の道化師を打倒し、目覚める可能性もあるでしょう」

『面白い冗談です。<探索者>ではなく道化師としての才能も持ち合わせているようですね』


 知り合って一日も経ってないアンタに、俺の才能がどうのこうの言われる筋合いないのよ。

 しかも仮にもお偉いさんなら、自分とこの種族ならばなんとかできるかもしれないって可能性くらい持っててやれよ、信じてやれよ。


 ほんの一言……『できたらいいですね』くらい、言ってやれよ。

 あんたらにまで見捨てられたら、マジで可哀相だろうが。


「では賭けますか? そちらの<探索者>が到着する前に、事態が解決するかどうかを」

『フフッ、賭けるに値するモノなど、お持ちでないでしょうに』

「ああ、すみません。そっちは何も賭けなくて大丈夫です。こちらが勝つことはもう決まっていて、勝負にもなりませんので」

『…………では、何が目的で?』

「何も? この賭けには何の意味も価値もありませんので。ただ事実として、自分が賭けに勝ったという結果だけが残るだけです」

『フゥ……未練と夢に呑まれぬように。では』


 そう言って、異世界側の窓は全て閉じてしまった。

 隣にいた政治家の人は、俺とヨーゼフ卿のやり取りのせいか気絶しかけている。

 うん……本当にごめんなさい。

 そこについては真剣にすまないって思ってます、はい。


 さーて、それじゃ…………史上初になる、日本と異世界間で語り継がれる大事件を起こしてやりますかねえ!!!!

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