あなたの匂いをまだ覚えていた
音央とお
1
会社の後輩とルームシェアを始めることになった。
親戚から譲り受けたファミリーマンションは一人暮らしには持て余まるサイズで、学生時代から何度かシェアをしたことがある。
この家に誰かが住み着くのは2~3年ぶりで、急遽決まった同居ということもあり、片付けはまだ完全には済んでいない。
「前に住んでいた女の子が、まだ使えるけど要らないものを置いていったの。このドレッサーとベッドは邪魔かな?」
私の問いかけに
まだ大学を卒業して1年ちょっとしか経っていない彼女は可愛らしい。
こっちは30代目前で、最近は夜更かしもきつくなってきた。
換気のために窓を開けていると、「
私たちは読みが一緒であることから親しくなった。
「クローゼット使ってもいいですか?」
「もちろん。……でも、中に何か残ってるかも。ちょっと待ってね」
備え付けのクローゼットを開けると、衣類が僅かに吊されていた。
パーティードレスに喪服と、普段は使わないものを入れていたみたいだ。
桃子ちゃんが横から覗き込み、「なんですか、それ」とあるものを見つけた。
光沢のあるそれを手に取る。
「うわっ、随分と厳ついデザインですね」
「そうだね、夜に見たら怖いかも」
背中にとぐろを巻いた龍が刺繡されている。
それを指でなぞれば、昔もこうしていた記憶が蘇る。
「……初めてルームシェアした相手が残していったものだよ」
「え? これって男物ですよね?」
女性の体格にはぶかぶかすぎる。
寒いだろって貸してくれたことがあったけど、大きすぎた。
本人には少し小さいくらいだったのに。
桃子ちゃんが「付き合ってたんですか?」と聞いてきたので、眉を下げて笑う。
「仲間4人で旅行に行った時に、その男がふざけて買ったの。そんなに安いものでもなかったはずだけど」
「ひぇ~」
ずっとクローゼットに入れっぱなしにしていたけど、状態は悪くなってないようだ。
傷は見つけたけど、これはいつ付けたものかも思い出せる。
「どんなひとだったんですか?」と桃子ちゃんがニヤニヤした目で聞いてくる。
「……麻雀好きで、煙草と香水の匂いがキツイ男」
「そんな人が塔子先輩と暮らしてたって意外なんですけど」
「これで意外と出来る奴なんだよ。弁護士になったって友達から聞いたし」
クローゼットの中が空っぽになったことを確認し、この部屋には不要なものをかき集めてドアを開ける。
「じゃあ、これからよろしくね、桃子ちゃん」
一人で廊下を歩いていると、抱えたスカジャンから懐かしい匂いがした。
もう何年経ったかも数えるのが嫌なのに。
「洗濯しないと、駄目なのかなぁ…」
そう呟きつつも、私はまた別のクローゼットに押し込んでしまった。
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