A面短編 無くしたエンピツ

 その日の放課後、僕は図書室に用事があった。正直行きたくはない。本を読んでいると(本なんか読んでいると)頭が痛くなる。でもまあ、行きたくない本当の理由はちょっと違う。誰もいないはずの図書室で「女の子の成長」という本を読みふけっていたら、後ろから視線を感じたトラウマだ。小学生の頃の話。


 しかし困ったことに、必要な資料が図書室にしかなかった。遠いし面倒くさい。


 僕が図書室を覗くと、幼馴染の鈴木楓しかいなかった。中学生になりあまり話さなくなったが、僕が「女の子の成長」を読んでいた現場を、みんなの前で取り押さえた犯人だ。間違いを犯した人、という意味では僕が犯人だけど。ちなみに図書委員でもある。


 資料の整理でもしていたのだろう。僕が声を掛けると「なーんだ」みたいな顔をした。


「珍しいね、図書室に敏樹くん来るの。ついに『本の一冊でも読まなければ』と思ったの?」

「バカ言え。資料がいるんだよ」

「女の子な資料はここにはないぞ」


 この必勝パターンに持ち込まれるのが一番イヤなのだ。僕はちゃんと怒った。


「歴史の資料! うちの班がいるんだよ! お前、知ってるなら場所教えろよ」


 するといたずらっぽく笑い、彼女は持ってきてくれた。


「これでしょ?」

「おおサンキュー! じゃあな」

「待って」


 ん? と立ち止まっていると、楓はポツリポツリと口を開いた。


「あのさ……ええっと」

「なんだよ、忙しんだけど」

「ちょ、ちょっと待ってよ」


 どうしたんだ楓のヤツ。珍しく歯切れが悪い。しょうがない、ズバッと聞きますかね。


「面倒事頼むなら早くしろ!」

「え、いいの? じゃあ、エンピツがどこかいっちゃったの。探してくれない?」

「了解。じゃ、どこから探す?」


 自分で頼んでおきながら、楓は不思議そうな顔をする。


「そんな小さな『面倒事』も引き受けるの?」

「なんだよ。いいから探そうぜ」


 二人で床を這いずり回る……なんで図書室に来るたび、視線を恐れなければならんのだ。ん? 今日は犯人も一緒だから大丈夫か……?


「だからダメなんだぞ」


 急に楓が切り出した。声のトーンで、彼女はニヤニヤしているとよく分かった。


「人に頼まれたら何も断れない。今日だって歴史の資料をパシリされたんでしょ」

「別にいいじゃないか。僕、補欠でヒマだし」

「補欠」


 楓が這ったまま視線を投げてくる。それに気が付き顔を上げると、意外にも彼女は真剣な表情だった。


「野球でも恋愛でも、補欠男子は陽子ちゃんを彼女にできないぞ」

「うるさいな。エンピツ探せよ」

「……私、覚えてるよ」


______________________________________

 保育園の時だよね。私、今みたいにエンピツ無くしちゃって。しかも、それが友達から借りた物だったから、みんな大騒ぎ。「どこに落としたんだ」ってみんなに責められ私は泣いた。


 そしたら敏樹くん、エンピツをどこからか持ってきて「これじゃない! 落ちていたよ!」って喜んで走ってきた。


 でもみんな「それじゃない。エミが無くしたのは違う」って大ブーイング。でも敏樹くんは諦めずに、保育園中にあるエンピツを持ってきては「これじゃない?」「これは違うの?」って次から次へと持ってきた。みんな探しもせずに私を責めていた。


 そしたら最後、私のポケットに実はエミちゃんのエンピツあったんだよね。みんな口々に文句言ってたのに、一番頑張っていた敏樹くんは「よかったあ」って満足そうにしてた。

______________________________________


「あの時、ありがとね」

 

 ……あまり重要性がない話だった。真剣な表情の割には。


「どーでもいいよ。そんな昔の事を感謝されても」

「覚えてた?」

「もちろん。でも助かったよな。あの時、エミのエンピツが見つかって」


 すると楓はペロッと舌を出しながら僕に何かを見せた。


「エンピツ、ポケットに入ってた。あの時みたいに」

「そうか。よかった」


 楓は「ありがとう」とだけ言った。僕はその場を後にした。

                            おわり

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先生はおバカさん!!(3時間程度読み切り、著作権放棄済み) 石川俊 @moritasyun

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