第4話 終末

 11月11日、日曜日。その日は快晴だった。

 ミツはいつもと変わらず、朝食を作ってくれた。卵焼き、味噌汁、焼き鮭。俺の好物ばかりだった。

「今日は特別な日だね」

「え?」

「今日でちょうど、わたしがここに来て半年。早かったな」

「そうだな」

 俺のカバンには、拳銃が入っていた。いつでもミツを殺せるように。

 午後三時ごろ。クリスからの最終指示では、この時刻が彼らの行動開始時刻だという。そして、俺に与えられた任務はミツを外へ連れ出すことだった。

「なあ、ミツ。天気もいいし、近くの公園に散歩に行かないか」

「公園? 急にどうしたの」

 ミツは不思議そうに首を傾げた。その仕草が、無性に愛おしく見えた。

「最近ずっと家にいたし、外の空気を吸いたくて」

「いいよ。わたしも外に出たかったところ」

 俺たちは家を出て、徒歩十分ほどの公園に向かった。秋の陽射しが心地よかった。平日の午後、公園には人影がまばらだった。木々が色づき始めていた。紅葉。黄葉。命の最期の輝き。

 ベンチに座り、しばらく沈黙が続いた。クリスは公園の周辺から狙撃態勢に入っているはずだ。

 風が吹いた。ミツの髪が揺れた。

「ミツ、話がある」

「何?」

 ミツは不思議そうに俺を見た。その瞳は、秋の空のように澄んでいた。

 俺は震える手で銃の入ったカバンを膝に乗せた。その瞬間だった――。

 遠くから銃声が響き、ミツの右肩を吹き飛ばした。超長距離による狙撃だった。

 しかし、ミツは倒れなかった。肩の傷が、見る見るうちに再生していく。肉が蠢き、血が引き、皮膚が塞がる。ほんの数分で彼女の右肩は元通りになった。

「愚かな」

 ミツの目が、一瞬鋭く光った。次の瞬間、遠くで爆発音が聞こえた。

「あいつはもう死んだよ、お兄さん。もう誰も邪魔する人はいない」

「ミツ……」

「お兄さんのこと、本当に好きだったんだよ。最初は任務だった。でも、一緒に過ごすうちに、本当に好きになった。お兄さんの体温、匂い、声、全部好きになった」

 ミツは微笑んだ。その笑顔は、いつもの彼女と同じだった。

「お兄さんは生かしてあげる。わたしと二人、変わらずこの星で暮らそう。他の人間はどうなってもいいでしょ? お兄さんにとって大切なのは、わたしだけ。ミツには、お兄さんしかいないの。ずっと側にいて……」

 彼女は俺を抱きしめた。温かかった。柔らかかった。甘い香りがした。人間と何も変わらなかった。

 ミツは俺の唇にそっとキスをした。あの夜と同じ。いつもと同じ。優しく、切なく、甘く。

 俺は目を閉じた。脳裏に浮かんだのは、クリスが見せた映像だった。破壊される都市。逃げ惑う人々。死んでいく数十億の人間。

俺は拳銃を握りしめた。

「じゃあな」

銃声だけが、秋の公園に響いた。

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