第2話 56歳の男たちの怒りの真意

米河: では、私より。(本を1冊弁護人席より持出す)

かぐや:ヨネ、おまえ自分の本の宣伝する気か?(苦笑気味に)

米河:それもあるといえば、ある。まあカグ、聞いてくれ。

かぐや:わかった。


米河 フェンネル君の革命への熱情と言ってもいいか、この正体を暴くにあたり、私はかつてある文豪が日本の青年に贈った言葉を思い出さずにはいられません。ちょっと私の本の宣伝で申し訳ないが、私、今年は大阪万博に一切背を向けて広島にばかり取材で出向きまして、それで書いた本があります。


題名 ヘルマン・ヘッセ最後の弟子 四反田五郎伝 (実在の本です)


ヘルマン・ヘッセはドイツ生れでスイスに移住し天寿を全うされたノーベル文学賞作家であるが、彼はフランスのロマン・ロランとともに二度の大戦に断固と反対を唱え、祖国からも疎まれた。そんな彼は1951年春、戦後間もない日本の広島に住む四反田五郎という青年から送られた手紙に対し、こう書き送りました。


『あなたは計画を立ててはいけない』

と。


ヘッセ本人の内心はもとより、彼が晩年12年間にわたり文通をもって交流することとなった四反田本人がどうこれを解釈したかはさておき、ここではこの言葉を本件に当てはめていかなる意味を持つかを考察したい。


けだし計画とは、未来を枠に閉じ込め、生命の躍動を殺す『冷たい設計図』という側面をもっている。 ご利用は計画的になんて注意をしたってその通りできないで苦労していた、かつてのいわゆるサラ金利用者の姿を見れば、それは明白だ。

フェンネル君の一連の行為は、全般にわたってこの『計画』に支配されている。おにぎりの配給も、レシピの独占も、すべては計算された静止画。そこに、生きた人間がこぼす『不測の喜び』が入り込む余地はない。そりゃあ、サラ金地獄には引っ掛からないかもしれんが、何かを始めていく活力は、そこにはない。

以上をもとに、かぐや君、貴兄の御意見をお聞かせ願いたい。


冬樹: 読んだよ、その本。しかしすごいな。まずはヘッセが四反田という人に贈ったというその言葉、ぼく個人は大いに重く受け止めました。

政治の世界においても、完璧な計画を国民に強いることは、多様な民意を殺し、国家を硬直した『死体』に変えることに等しい。フェンネル君がレシピッピを独占して世界を設計図通りに動かそうとしたのは、まさにその『計画の暴走』だ。

米河君に尋ねる。被告が犯したのは法的なテロ行為であると同時に、生命が本来持っている『予測不可能な未来』に対する冒涜ではないだろうか。少なくとも私は、彼の『計画性』という罪の裏にある生命の否定という深刻な事実を重く見ている。

米河:生命の否定と来たか。かぐや君、ええこと言うのう。そもそもあの手の主義の理念は、絵に描いた餅に過ぎんところがある。絵に描いた餅に群がる絵に描かれた人々。そのような社会、フェンネル君とて本質的に耐えられるかな?

かぐや:その問いの答えに即答を求めることもあるまい。彼に対するだけでなく、私たちに対する未来への問いかけとして、ひとまずアメリカ式にテーブルに置いておこうではないか。


米河:それが賢明だ。今すぐイギリス式にテーブルに置くこともなかろう。


トラウム:今のお話は、英単語 tableの動詞の意味を入れてのものですね。

米河、かぐや:そうです。


トラウム:さて、米河さん。かぐやさんに『宣伝か?』と茶化されていましたが、あなたの語る『続き』、イギリス式にテーブルにおいて、ぜひお聞かせ願いたい。


米河:ここで言いたいのは私の商売の話じゃない。かぐや君、かつてのソビエトや今の監視社会を見ていて感じるだろう? 完璧な計画経済や徹底した管理社会が、なぜ必ず『おにぎり(配給品)』の質さえ落としていくのかを。

それは、作る側に『驚かせたい』という欲求がなくなり、食べる側に『選びたい』という意思がなくなるからに他ならない。

フェンネル君は『おにぎりだけの平等』を謳ったが、それは究極的には『思考停止の強要』だ。私はこれを『精神の焦土化』と定義しよう。


かぐや冬樹(カグ):相変わらず大げさな表現だが、核心を突いているな。

トラウムさん、被告がレシピッピを独占し、それを配給制にするという行為は、結局のところ、人々から『比較する力』を奪う行為ではないかな。比較できなければ、不満は生まれない。不満が生まれなければ反乱も起きない。良くも悪くも人は人と比較したがるものだ。それがないといえば、一見悪くない話には聞こえるが。

私かぐや冬樹と米河清治君の人生を比較してどっちがどう、良し悪しも含め、うらやましいかやってみたいか。そんな話でも、人はよかれあしかれ盛り上がる。そんなちょっとした話のネタをわざわざタブーにして止めて、何の意味があるか。

さてフェンネル君、君が恐れていたのは、民衆の飢えではない。『自分たちの知らない美味しさが、まだ他にもあるのではないか?』と民衆が疑い、外の世界へ目を向けること、そのものだったんじゃないか?


米河(ヨネ):かぐや君も御存じの通り、1989年に崩壊したあの体制の綻びは、西側のきらびやかな『多様性』が壁を越えて漏れ聞こえてきたことから始まった。フェンネル被告がクッキングダムに築こうとしたのは、物理的な壁ではない。情報の壁、そして『味覚の壁』だ。おにぎり以外の価値を知らぬ民は、あんたを神と崇めるしかない。だが、それは『革命』などという高尚なものではない。

 ただの『巨大な幼稚な独り占め』だよ。ベルリンの壁も真っ青な壁だな。


トラウム:巨大な幼稚な独り占め、ですか。フェンネルさん、お二人の言葉は、あなたが積み上げてきた『選ばれし者の論理』を、単なる『子供のわがまま』へと引きずり下ろしている。これを聞いて、感想はどうか? あなたの『おにぎり帝国』は、彼らが言うように、ただの『物語の死』に過ぎなかったのか?

ルールーちゃん、このメモ、裁判長にお願い。


ルールー:(仕方なさそうに)かしこまり。


フェンネル:黙れ。貴様らに、持たざる者の屈辱・選ばれなかった者の絶望が理解なんかできてたまるか!(つぶやくように)


かぐや:待て! フェンネル君。ぼくはともかく、こいつ(米河)は幼少期に養護施設にいた経験もある。一時的に、孤児として、な。

ぼくは騙せても、ヨネをだますことはできないからな! こいつは、貴様のいう持たざる者の屈辱も、選ばれざる者の絶望も、とっくに肌身で知っている男だ。

そうじゃなきゃ、オレはこいつと長く付合ったりしていない! だよな、ヨネ!


米河:ああカグ、マジ、そやで。少し、言わせてもらう。

(フェンネルの方を見て)ちみぃ、首ぃ洗て(あろて)待っとれよ。~と言って、ウイスキーを一口飲んでチェイサーに弁論用の水を飲む。


みのり:パパ、本気で怒っている。この人、怒るとめちゃくちゃ・・・。

かぐや:みのりさん。ここは大の男の戦場だ。黙って聞いていなさい。(毅然と)

まどか:みのりさん。あなた、お父さんに怒られたことないの?

みのり:ないです。でも、パパが怒ったときの噂は、いろいろ聞いています。

かぐや:こいつは娘さんには甘いようだな。みのりさん、じっと聞いていなさい。これから始まるキミのお父さんの魂の叫びを。いいね!?

みのり:は、はい。(まどかとともに、頷く)


米河(ヨネ):(少し震える手で蝶ネクタイを直し、ウイスキーを一口含む)

カグ、余計なことかもしれんが、ここは正直恩に着る。娘は一切巻き込まない。だが、ワシは遠慮なく言わせてもらうで。~ここから関西弁モードに。

さて、フェンネルといったねぇ、チミぃ~。ワシに喧嘩ぁ売るとは、ええ度胸しとるやないけ。その度胸だけは認めたるわ。あゝ、てぇしたモンや。

今かぐや君の言ったことは嬉しくも残念もない。事実や。

わしゃあ岡山の養護施設で、文字通り『何もない』ところから始まった。あの地も、貴君が目指したような平等を標榜することの多い地だったな。やからこそ、ナポレオン・ヒルの言う『ステーキを望む心(向上心)』が、どれほど人の魂を救うかを知っとる。肌身でな。1980年代、大学進学率がまだ3割かそこらだった時代、養護施設という場所から国立大学、地元の岡山大学に入るまで、必死で努力した。幸い私は小6の途中で施設を退所でき、親族のもとで岡山市内の学校に通えたからよかったこともある。

おいキサマ!このワシにおにぎり(配給)みたいなはした飯で満足さらせやと? 酒やめろ、や休肝日云々はギャグで済ますが、それは認めるわけにいかへんな。

テメエはよう、昔のワシのようなガキから、空腹を満たす以上の『いつか美味いものを食ってやる』という、明日への正当な野心まで奪おうとした。これは死んでも許さん。そこに鎮座いたしておるヨヨバアサンが土下座しても許さんぞ!

いいかフェンネル、貴様のホザいたそのゴミのような言葉は、持たざる者への救済になどならん。絶望の固定に過ぎんねや! 

そういや、左翼政党(パヨク)の若いのにもおったわ、絶望の固定をへらつきながら勧める雑魚が。社会が悪いの政治が悪いのとホザく雑魚や。ゴミでしかあれへんどっかの能書きをトレースすら満足に出来んコギタネエ面の女やったな。

他にもおった。これは養護施設の職員や。ま、人物は善良だったが。こいつは、大学に行けなくても人間としてよければとか幸せな家庭を築いて子供に夢を託したらどうかとか。こんなヘッポコで安っぽげな平和主義の出来損ないなんか聞かされたあかつきには、人生、詰んでまうわ。

カグの奴はええとこのボンちゃんやさかい、家制度に則った人生を歩んだ。ワシはこいつの人生は否定せん。かぐや冬樹君にとっては、それは正解やった。

だが!

ワシはそれを自らは一切拒絶した。ワシの人生はチャンドラ・ボースに似ているとも言われたな。しかもインドからのインテリ留学生の人に。ワシャ、目的達成のためには悪魔とでも手を結ぶが、フェンネルとやらのような腐れ外道とは一切共闘などせん! 分かったら、以後慎みやがることだ。

テメエこの2年間、何反省さらしとったンじゃ!

さらなる暴力革命でも考えけつかりおったんか、われぇ!


かぐや(カグ):おい、ヨネ、ヨネ! もういいから抑えろ! オレがつなぐ。

アメリカンドリームの功罪はあれど、あそこには常に『逆転の物語』があった。

だがフェンネル君の計画には、逆転も、不測の事態も、奇跡もない。

ただの静かな、飢えた墓場だ。(法廷は静まり返る)

そんなものはなぁ,オレもヨネも、死ぬほどでえっきれえ(大嫌い)なんだよ!


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