第三話 廃棄

 SKセーフキーパー最高得点4点を叩き込まれ、勝敗は決した。


「お疲れ、お疲れ。良い自信になったぜ」


 笑顔のアカトから労いの言葉をかけられるも、後輩たちは自信を失くしたようで意気消沈の状況。

 いずれ自信は回復させてやるとして、今は鮮度が高いうちに課題をおさらいしておきたい。


「反省会だ。後でモニタールームに来い」

「ナック、俺も交ぜてくれよ」

「好きにしろ」


 他チームの反省会に参加したがる物好きなアカトを一瞥し、モービルギアを格納したガレージを後にした。


 各自食事とシャワーを済ませ、共同ガレージの脇に併設されたモニタールームへ程なく集合。

 既に日は高くなっており、部屋を開けるとむわっとした熱気が充満するそこはまるでサウナ。予算が無いからか、旧式設備のまま新調はされておらず、色々とガタがきているクーラーを真っ先に入れる。

 モニターに先程の模擬戦の映像を出せるように準備をしつつ、後輩に珈琲の手配を依頼した。


「なぁナック……この椅子、変な音がするんだが?」


 ガタイのデカいアカトは椅子に対し不満顔。ただでさえ古いのに、あれだけドカッと座れば調子も悪くなるだろう。今もキシキシと嫌な音を立てている。

 ソルティだけ離れた位置で、半々に向かい合うよう着席。


「ナックさん、珈琲です」

「……あぁ」


 淹れたての良い香りが湯気と共に鼻孔をくすぐり、澄んだ豆の感じが体に染みわたる。

 模擬戦とはいえ負けは負けだ。珈琲の苦味と一緒に敗戦の苦みも喉の奥に流し込み、しばしの余韻の後に口を開いた。


「では、課題点を説明する」


 模擬戦でのシーンが次々とモニターに映し出され、重量感を伴うチェイスからは当時の音や振動まで脳内に再現される。その映像を見ながら課題ポイントを指摘していく。説明が進むほどにチームの後輩たちは縮こまっていった。

 特にSKセーフキーパーのハーベストは責任を感じているのか、大きく肩を落としている。


 最年少のハーベスト。

 ライムグリーンでくりっとしたショートの髪がいつもよりくすんで見えるし、普段と違い、オレンジの瞳も伏目がち。若いが操縦センスは抜群で、チームでも次代のエースを期待してキーパーを任せていた。


「僕が4点を決められたから……」

「悲観するな。あれは簡単にキャリブレを決められた他のメンバーの方が悪い」


 姿勢制御を失ったハーベスト機に落下軌道を補正する射撃が殺到し、いとも簡単に落下矯正の連携攻撃キャリブレーションを決められてしまった。しかも赤サークルへ。

 赤サークルは点数も高いが範囲も狭い。本来は簡単に狙えるものでは無く、ましてや得点が3倍になるキーパーは守りが厚く、決めるのは至難の技だ。

 サークルに寄せる行為はカーリングにも似ているが、射撃で補正するスピード感はさながら空中のビリヤード。

 阻止できなかったのは味方の位置取りが悪すぎたからだ。


「敵の動きが良かったというよりは、味方の守りがお粗末すぎたのだし、その責の方が大きいだろう」

「すみません、ウチが足を引っ張っちゃって……」


 続いて後輩の中でも元気いっぱいのはずのチーザが、反省の言葉を零す。


 MCミドルチェイサーでチームの片翼を担う、チーザ。

 ブラックコーヒーよりもさらに濃い黒色のぼさぼさショートの髪。透明感のあるコバルトブルーの瞳はいつも好奇心に満たされているのだが、今は沈んだようにいつもの明るさが無い。ただでさえ小柄で華奢な体をさらに縮こまらせている。


「チーザだけが悪い訳では無い。次に活かせ」


 そう伝えはしたが、若手のチーザが連携を乱していたのは事実であり、MCミドルチェイサーの動きとしては致命的だった。

 敵の逃げ場を奪う機動性能スピードに特化したチェイサーは、中衛を務める攻守の要。

 スポンサーや観客受けの事情から、FAフロントアタッカーが多いフォーメーションを採らざるを得ない実情があり、どのチームも守りが課題。いかに数的優位を保てるかは肝であるのに、機動力を活かせず連携を妨げていた。


「今回はソルティがフォーメーションを乱した訳だから、そこまで気にするな」

「そうだぜ、気にすんなよ、チーザ」

「お前は気にしろソルティ」


 スタンドプレイを注意していたら、向かいのアカトが大口を開けて笑い出した。


「だな! あんな簡単に釣られてたソルティが偉そうに言える立場じゃねーぞ? ガハハ!」

「うるせーな」


 バツが悪そうに視線を背け、誤魔化す素振りで珈琲のガブ飲みをするソルティ。

 負けの起点を作ったのは、アカトに釣りだされたソルティだ。あの動きのせいで、数的不利に陥ってしまった。断続的に局所の数的優位を求められるこの競技において、敵に位置取りをコントロールさせてはならないし、フォーメーションが伸びきればその分、チェイサーの負担にも繋がる。


「ベテランであるソルティが基本を守らなければ、示しがつかないのは確かだ」

「は? 支え合うのがチームだろ? それに好きでベテランになった訳じゃねーよ!」


 ソルティは悪びれた様子もなく、腕を組んで悪態をついた。その態度には鼻で軽く溜め息をつき、チーザへ課題を伝えていく。


「射撃を被弾した際に焦りすぎだ。ダメージはほとんど無いのに、あれだけ取り乱されては困る」

「す、すみません」


 ブースターの見本市であるこの競技では、射撃含め遠距離武器の威力がレギュレーションで厳しく制限されている。観客もスポンサーも、高速チェイスでの格闘戦を求めており、モービルギアよりも早いビームで決着が着くのなら、単に遮蔽物がない射撃戦に終始してしまうので当然だ。

 だから被弾してもノックバックや熱上昇くらいで、ほとんどダメージは無い。


「そうそう。相手の情熱を体で受け止めるくらいの心の余裕をな!」

「だから、お前が言うなソルティ」


 威力は小さくても飛翔阻害の効果は高く、落下矯正の連携攻撃キャリブレーションで軌道を矯正するのは専ら射撃である。落下し始めた敵にブースターで殴りに行くのはよほど位置取りが良くないと難しいため、射撃がセオリーだ。


「ウチ、位置取りも悪かったんですね」


 チーザは敵に点を与えないために踏みとどまっていたが、「囮や捨て石になる動きをするべきだった」と伝えると、さらに肩を落としていた。きっと認められたくて頑張っていたのだろう。連携を阻害していたことも伝えたら、全部が裏目だったと知って、瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。


「ナックさんきびしー! もっと優しくついて~!」

「部外者の俺が言うのもなんだが、ちょっとは手加減してやれよな!」

「うるさいぞ、そこの外野二人組」


 真面目な指導も野次で都度寸断されるし、それを受けて後輩たちも大きく項垂れていた。

 少々面倒にも感じ始め、いっそアカトへの丸投げを試してみる。


「敵エースのアカトからみて、こちらの敗因はなんだったと思う?」

「そりゃナックだろ」


 軍属上がりのアカトが口下手なのか、意図が読めない。片眉を上げ、続きを促した。


「連携だなんだってチームのサポートに徹してないで、ナックが本気で勝ちに来ていたら俺もソルティ如きと遊んでいる暇は無かったぜ」


 ソルティが「如き扱いするな!」と騒ぐのを聞き流し、一先ず反論をしておく。


「俺は充分、本気だったし、勝ちにいっていたが?」

「それはチームサポートという立場での話だろ?」


 アカトの鋭い眼差しを正面から受け止める。暫くの間、刺すような眼光を交わすも、アカトがそのデカい図体を椅子から起こして立ち上がった。


「ま、どう捉えるかはお前らに任せるわ。本戦で当たった時もサービスしてくれよ? じゃあな!」


 それだけを言い残し、アカトは部屋を去っていく。

 押し黙る空気の中、ソルティが軽口を叩いた。


「あーあ、珈琲がそんなに苦かったのか? 皆してそんな苦い顔しちゃってさ。でもま、図星だもんな。引率の先生気取りのやつと、それに守られて安堵してる連中じゃ、アカトんとこみたいな上位チームには勝てねーよ」

「おい」


 好戦的な挑発を遮るべく口を挟んだら、不満があったのか机を思いっきり叩いて抗議してきた。


「あ? 文句があんのか? ナックさんよ? チームのためだとか言って逃げているお前が?」


 何人かは大きく目を見開き、戸惑う様子が見られる。


「……この場で話す事では無い」

「ハン! 若い奴らには聞かせたく無いってか? いいぜ。お前ら今日は解散だ! こっからは俺とナックの二人で話す」


 ソルティから退室を命じられ、後輩たちはおずおずと部屋を出ていく。

 最後の一人が出ていくのを目で追うと、薄暗くなり始めている外の様子が見え、思っていたよりも時間が経っていたと気付く。

 その思考を遮るように、ソルティが机を数度指で小突いた。音は二人きりとなった広いモニタールームに響く。

 そして、少し目を細めたソルティからの詰問が始まる。


「で、諦めているのはなんでだ?」

「別に俺は諦めてなどいない」


 そう返すとソルティは怒りを露わにし、近くにあった椅子を蹴り飛ばした。

 ソルティが激昂するほどに、宥めようと心は冷静に物事を見つめてしまう。ザラりとした冷たい感触のする錆びたパイプ椅子を、巻きあがる埃に咳を我慢して元の位置に戻す。


「椅子に罪は無いだろう」

「あ? 俺の足の届く範囲にあったのが罪だ。その椅子みたいになりたいのか? なりたくないよな? 本音で話せよナック」


 苛立ちつつソルティを睨んだが、少し経っても引く様子は見られず、言い逃れは出来ないと悟る。ずっと嫌な音を鳴らす空調からも急かされているようで、僅かに心臓の跳ねる感じが胸に漂う。観念してソルティに向き直り、口にできる範囲のことを述べた。


「……俺の廃棄が決まった」

「それは知っている。期限はいつだ?」

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