ゴヨーネ商店の悪魔退治
@hirabenereo
1:あたしのバイト先
今はもう、おとぎ話になってしまった、遠い昔の話だ。
『おさびし山』という山があった。
もともとはドワーフ族たちが住んでいた山で、そのころは『にぎわい山』と呼ばれていたって聞いている。
それが『おさびし山』になったのは、あたしが生まれるずっとずっと前のことだ。
昔は魔法はもっと強くて、魔法に満ちた別世界である『谺世界』との境界線はゆるかったと、おばあちゃんが言っていた。街で妖精を見かけることも珍しくはなかったって。今は街の近くにゴブリン族が出ただけで大騒ぎになってしまうのに。
そんな昔のこと、『にぎわい山』に住んでいたドワーフ族は、山の下……鉱山で採掘される金属をものすごく大きな炉で溶かして冷やして……なんかすごいことをやって、そうしてこしらえた素敵な飾り物や武器を麓の人間族に売って生活していたんだという。そのにぎわいと来たら、山の名前になるほどだったそうだ。
ところがドワーフたちは、山の奥底でなにか恐ろしいものを掘り当ててしまったらしい。
怪物なのか、悪い魔法なのか、地獄に繋がったのか……。それは誰にもわからない。
とにかく、そのせいでドワーフ族は滅びてしまって、『にぎわい山』が、『おさびし山』になってしまったのだと、この地方の昔話……おとぎ話にある。
本当のところは、当のドワーフに聞かなければわからないだろう。
でも、それを語るものはいない。
ドワーフというのは、あたしたち人間よりも背丈が低くてがっちりしていて……鉱山に住んでいる妖精族。彼らは谺世界からあたしたちの世界にやってきて、そして鉱山をその領地にして生活していた……らしい。
欲張りだけどとにかく頑固で、それからこう聞く。
ドワーフ族は決して恨みを忘れない。
もっともドワーフについてのあたしの知識はそれほど多くない。
なぜってあたしの一番身近な、そして唯一のドワーフは、あまり自分のことを語ろうとしないから。
「おい」
と、野太い声に呼ばれて、あたしはぴょんと飛び跳ねて驚いた。
「寝るのなら、日当はやらんぞ」
「ごめん、親父さん」
あたしはカウンターのスツールを降りて、一回のびをしてから、視線を少し落として親父さんの禿頭を見下ろした。
親父さんは長く伸びた真っ白いひげとの中で、ふん、と鼻を鳴らしてから、やっぱり長く伸びた眉毛からちりとのぞく、片方だけのギョロ目でこちらを見上げた。
「シル、今日は客も少ないようだし、やることがないなら帰ってもいいんだぞ」
「いやいやいや。そう言って日当減らそうとしてるんでしょ」
「そんなけちなことを言うか」
「言うでしょ……」
親父さんは片足の義足をぎしぎり鳴らしながら器用に歩いて、太い腕でどすんとでかい麻袋を床におろした。
「なにそれ」
「仕事をしたいなら帳面につけておいてくれ。農園から来たナッツだ。仕入れは銀貨50枚。あとで焼き締めて保存食にするから」
「はあい」
あたしは麻袋に焼印されたオイシス農園のマーク(牛のお尻に押している焼印とおなじもの)を見てから、仕入れの帳簿を取り出した。
この親父さんが、あたしが知っているただ一人のドワーフ族。
あたしがアルバイトをしている、この店の店主。
名前は知らない。あたしはただ『親父さん』と呼ぶし、お客さんもみんなそう呼ぶ。
身長はあたしより低い。あたしの身長がだいたい1マス(1マスは約150cm)だから、四分の三マスくらいかな。でもがっしりしている。体重はあたしの倍か、ひょっとしたら三倍くらいあるかも。
片足は義足だ。ズボンの左脚は膝のところで切られていて(これは親父さんが自分で加工している)そこから樫の木で削った一本の棒の義足が突き出ている。
足の形をした義足くらい、工芸工作の上手な親父さんなら朝飯前で作るだろうに、あたしがはじめて会ったときから、親父さんはこの義足のままだ。
それから片目。左目に黒い眼帯を巻いている。眼球が失われているようで、親父さんはたまに鼻くそでもほじるように眼下に指を突っ込んで垢みたいなものを掻き出していて、その悪癖だけはやめてほしいと、あたしは何度も談判した。四回目で、たまたま店に来ていた冒険者のお姉さんが「わたしも前から気になっていた」と加勢してくれて、それから親父さんは、少なくとも店のカウンターに座っているときは手控えてくれるようになったのだった。かゆいんだろうな、というのはわかるけれども。
あとは白いひげをたっぷりたくわえていて、その一方で禿げている頭を手ぬぐいで覆っていることが多い。腕と両耳は両方健在。特に耳は鋭くて、あたしが独り言で不平不満をこぼすと耳ざとく聞きつけて「ならやめるか?」とか言ってくる。
ドワーフといえば鍛冶仕事、というのが昔話のイメージだけれど、あたしは親父さんが剣や鎧を作るような大がかりな鍛冶仕事をしているのを見たことはない。小さな仕掛けや道具のほうが得意らしい。
片足じゃ鞴も踏めないし、親父さんの工房には簡単な修理に使う程度の炉しかない。親父さんの作った仕掛けで、鞴は天井に滑車で吊られた鎖を引くようになっていて、その作業をしていると通りの向こう三軒両隣まで大きな音が響くのだ。
そんな親父さんが経営するのが、ダンジョンのほとりの街の道具屋。
ダンジョン。
かつて『にぎわい山』、その次は『おさびし山』と呼ばれていたドワーフの大トンネルは、今は無個性に、そう呼ばれている。
『おさびし山』のダンジョンが見つかったのは、あたしのおばあちゃんの代だから……六十年位前のことだ。
小さな地震があって山の一部が砕けて入り口が露出したのを、金山探しの山師が見つけて王様に報告したのだ。
ダンジョンは谺世界とつながっているようで、そこからゴブリン族やオーク族なんかの、人間に敵対的な妖精や怪物たちが現れ、周辺の狩人と問題を起こすようになったので、王様は傭兵を雇ってこれを討伐に向かった。
傭兵たちは苦労してこれをやっつけ……そして、ダンジョンの中が滅びたドワーフの王国であることを突き止めたのだ。
なぜそれがわかったかって?
彼らはびっくりするほどの金銀財宝を持ち帰ったから!
そうしてすぐに、このダンジョンのほとりに村ができた。
危険なダンジョンに入って財宝を持ち帰る仕事をする……金鉱掘りみたいな人たちは、冒険者と呼ばれた。彼らが拠点とする場所が必要で、このダンジョンのほとりの街は、そうして自然と出来上がったのだ。
あたしのおじいちゃんは学者さんだった。
このダンジョンの由来なんかを研究していた。ぜんぜんお金にならなかったらしいけど、その仕事は今はお父さんが受け継いでいる。やっぱりお金にならないけれど。
みんな、ダンジョンから出てくる財宝に興味はあっても、その財宝の由来なんか、どうでもいいのだ。
そうしてダンジョンが見つかってから六十年くらい。
出てくる財宝も取りつくしたのか減ってきて、金目当ての冒険者が減ってきたころ。
たまにダンジョンから出てくる怪物退治のほうが高くついて、昔のようなのんきな賑わいがなくなってきたころ。
お父さんの教育で読み書きと計算のできるあたしこと、シルヴィアは、この親父さんの経営するゴヨーネ商店にアルバイトに来ている。
あたしは仕入れ帳簿を取り出し、ナッツの仕入れを書き込むべくどんと机に置いた。
その表紙には、親父さんの書いた金釘みたいな字でこうあった。
『ゴヨーネ商店』。
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