第11話「砕かれた平穏、試される絆」
大陸に平和が戻り、数ヶ月が過ぎた。私は女王として、ヴァンデルーク王国の基盤固めに奔走していた。エリオットの経済支援のおかげで国は豊かになり、カイが率いる騎士団は大陸最強と謳われるほどに成長した。領民たちの顔には笑顔が溢れ、私の理想とした国が少しずつ形になってきていた。
そんな平穏を、突如として引き裂く事件が起こった。
私が隣国との国境地帯を視察に訪れていた、その帰り道だった。護衛の騎士たちが何者かの奇襲を受けて次々と倒れ、私はあっという間に謎の一団に捕らえられてしまったのだ。
「ぐっ…あなたたちは、一体…!」
魔力を使い果たした反動で、まだ本調子ではなかった私は抵抗も虚しく意識を失った。
私を誘拐したのは、隣国であるガルニア王国の者たちだった。ガルニア王は、かつてセシリアの甘言に乗り最後まで連合軍への参加を渋っていた人物だ。彼は、ヴァンデルーク王国が持つ古代魔法の技術と復興によって得た富を妬み、戦後の混乱に乗じて私を人質にし、全てを奪い取ろうと画策したのだ。
「女王陛下が、攫われただと!?」
報せは、瞬く間にヴァンデルーク王国と、そしてレヴァント皇国にも届いた。
カイやエリオットは激昂し、すぐにでも軍を動かしてガルニア王国へ攻め込もうとしたが、人質である私の身を案じ下手に動くことができない。
その報せを、誰よりも早く掴んだのはクロードだった。
彼は玉座で報告を聞くと、一言、「私が、行く」とだけ告げた。
「陛下!なりませぬ!皇帝自らが単身で敵国に乗り込むなど、あまりに危険です!」
側近たちの制止を振り切り、クロードは誰にも告げずたった一人で皇国を抜け出した。彼の頭の中には、合理的な判断も皇帝としての立場もなかった。ただ一つ、「アリシアを失いたくない」という焦燥にも似た強烈な想いだけが燃え盛っていた。
クロードは、かつてアリシアを追ってノースガルドへ向かった時のように密偵としての技術を駆使してガルニア王国内に潜入した。そして、エリオットの商人ギルドが密かに流した情報を頼りに私が幽閉されている古城を突き止める。
***
一方、私は古城の地下牢で無力感に苛まれていた。
「古代魔法の力を渡せば、命だけは助けてやろう」
ガルニア王は、毎日現れては私を脅迫するが私は決して首を縦に振らなかった。この力は、私の民を守るためのもの。私利私欲のために使うくらいなら、死んだ方がましだ。
そんな絶望的な状況の中、私の牢の扉が静かに開かれた。
そこに立っていたのは、夜の闇に紛れるような黒衣をまとったクロードだった。
「クロード…!?なぜ、あなたがここに…」
「迎えに来た。行くぞ」
彼はそれだけ言うと、私の手枷をいとも簡単に断ち切り私の腕を引いた。
私たちは、厳重な警備網を縫うようにして古城からの脱出を図る。しかし、出口を目前にしてついにガルニア王国の騎士団に発見されてしまった。
「皇帝クロード!なぜ貴様がここにいる!」「二人とも、生かして返すな!」
四方から、無数の兵士たちが襲いかかってくる。
「アリシア、私の後ろに!」
クロードは、たった一人で私を守るように剣を構えた。彼の剣技は、皇帝でありながら少しも錆びついてはいない。次々と襲いかかる兵士を切り伏せていくが、相手の数はあまりに多すぎた。
彼の肩が、腕が、次々と傷を負っていく。その背中は、かつて私を断罪した冷酷な皇帝のものではなく、ただ必死に大切な誰かを守ろうとする一人の男のものだった。
「もうやめて、クロード!」
彼の傷だらけの姿を見て、私は叫んでいた。
その時、クロードの足がもつれ、彼の体に敵の刃が深々と突き刺さった。
「ぐっ…!」
「クロード!!」
倒れ込む彼の姿を見て、私の体の中で何かが弾けた。
それは、ヴァンデルークの血に刻まれた古代の盟約。愛する者を守るという強い意志に呼応し、生命力そのものを魔力に変換する最後の切り札だった。
空だったはずの魔力が、心の叫びに呼応するように激流となって溢れ出したのだ。
「よくも…よくも、彼をォォッ!!」
私の体から放たれた衝撃波が、周囲の兵士たちを吹き飛ばす。私は倒れたクロードを抱きかかえ、治癒魔法を懸命に施した。
ちょうどその時、城の外から鬨の声が響き渡った。カイが率いるヴァンデルーク騎士団が、突入してきたのだ。形勢は一気に逆転し、ガルニア王国の兵士たちは降伏した。
私は、意識を失いかけているクロードを抱きしめた。
「しっかりして、クロード!死なないで!」
「…アリシア…無事、か…?」
彼は、血を吐きながらも私の無事を確かめようとする。
「なぜ、こんな無茶をしたの…!あなたは、一国の皇帝なのよ!」
涙ながらに問い詰める私に、彼は最後の力を振り絞るように微笑んで言った。
「君を…失いたくなかった…。それだけだ…」
その言葉は、どんな甘い愛の囁きよりも私の心の奥深くに突き刺さった。
私たちは、この事件を機にようやく気づいたのだ。互いの中にあった、複雑な感情の正体に。それは、過去を乗り越え対等なパートナーとして、そしてかけがえのない唯一の存在として相手を想う「愛」なのだということに。
私の流す涙が、彼の頬に落ちて静かに弾けた。
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