第4話「仮面の同盟と、仕組まれた罠」
クロードがノースガルドの領主の館を訪れたのは、雪解け水の音が心地よく響く春の日の午後だった。
領地の入り口で彼の身分が明かされた時、領民たちは明らかに敵意を剥き出しにした。彼らにとって、クロードは敬愛する領主様から全てを奪った憎き男でしかない。
「皇帝陛下が、このような辺境に何の御用でしょうか」
館の応接室で、私はクロードと対峙した。テーブルを挟んで向かい合った彼は、最後に見た時よりも幾分やつれているように見えた。皇帝という地位の重圧か、それとも――。
「単刀直入に言おう、アリシア。我が国と、同盟を結んでほしい」
クロードは、表情一つ変えずに切り出した。
「お前がこの地で成し遂げたことは聞いている。その力を、帝国の為に貸してほしい」
私は、思わず乾いた笑いを漏らした。
「同盟?力を貸せ?よくもまあ、そんなことが言えますわね。私を悪役令嬢と断罪し、すべてを奪ってこの地に追いやったのは、どなたでしたかしら?」
皮肉を込めて言うと、クロードはぐっと言葉に詰まった。
(アリシアの言う通りだ。だが、あの時、セシリアの異常な影響力が宮廷内に広がる中、彼女をただ処刑させるわけにはいかなかった。追放という形で辺境へ逃がし、ほとぼりが冷めるのを待つ…それが私にできる唯一の選択だった。だが、そんな言い訳が彼女に通じるはずもない)
彼の蒼い瞳が、気まずそうに揺れる。
「……あの時の判断が、過ちであったのかもしれないとは、思っている」
「後悔なら、聞きたくありません。私は、あなたとあなたの国に協力するつもりは一切ありませんわ。お引き取りください」
私が席を立とうとすると、クロードは立ち上がって声を張り上げた。
「待ってくれ!これは、私のためではない!帝国のため……いや、大陸全体の平和のためだ!」
彼の話によると、セシリアの扇動で始まった戦争はもはやレヴァント皇国一国の問題ではなくなりつつあった。セシリアは各国に密使を送り、大陸全土を巻き込む大戦を起こそうと画策しているという。
「セシリアは…我々が考えているような、ただの少女ではない。彼女の背後には、もっと大きな悪意がある。このままでは、大陸が滅びる」
クロードの言葉には、紛れもない危機感がこもっていた。
彼の話を聞き、私はセシリアの顔を思い出す。『私はヒロインで、あなたは悪役令嬢』そう言った彼女は、この世界を自分の筋書き通りに動かしたいだけなのだろうか。そのために、多くの人が死ぬことも厭わないと?
私の心は揺れた。クロード個人に対する恨みは消えない。だが、もし彼の言うことが真実なら、このノースガルドも私を慕ってくれる領民たちも、戦火に巻き込まれるのは時間の問題だ。
「……分かりました。同盟を受け入れましょう」
しばらくの沈黙の後、私は口を開いた。クロードの顔に、安堵の色が浮かぶ。
「ただし、条件があります」
「なんだ」
「一つ、今回の同盟は対等な国家間のものとします。私はあなたの駒にはなりません。二つ、戦争が終結した暁には、レヴァント皇国は私のノースガルドを独立国家として正式に承認し、不可侵を約束すること。三つ、私を陥れたことに対する公式な謝罪と、ヴァンデルーク家から没収した財産の返還。これが飲めないのであれば、話は終わりです」
それは、皇帝に対する要求としてはあまりに傲慢なものだった。だが、クロードは一瞬の逡巡の後、静かに頷いた。
「……分かった。すべての条件をのもう」
こうして、元夫婦という奇妙な関係の二人が率いる仮初の同盟が結ばれた。
私は古代魔法の知識を活かして考案した防衛戦術を、クロードは皇国の軍事情報を互いに提供し合った。忌々しい男だとは思う。けれど、彼の軍略家としての才能は本物だった。議論を交わすうちに、不思議な連帯感が生まれることさえあった。
そして、作戦決行の日。私とクロードは、それぞれの軍を率いて敵国の軍勢を挟撃する手はずだった。私が少数精鋭の部隊で敵の補給路を断ち、混乱したところをクロードの本隊が叩く。完璧な作戦のはずだった。
だが、私たちが指定された地点に到着した時、そこに敵の姿はなかった。代わりに待ち受けていたのは、レヴァント皇国の旗を掲げた、クロード軍とは別の部隊だった。
「なっ…これは、どういうことだ!?」
クロードが驚愕の声を上げる。その部隊を率いていたのは、セシリア派の将軍だった。
将軍は、私たちを指さして叫んだ。
「見ろ!皇帝陛下は、反逆者アリシアと手を組んでいた!皇帝は国を裏切ったのだ!全員、捕らえよ!」
罠だ。すべては、セシリアに仕組まれていたのだ。クロードとの同盟交渉もこの作戦も、すべて彼女に筒抜けだったのだ。彼女は、クロードと私を同時に社会的に抹殺し、皇国を完全に掌握するつもりだったのだ。
「クロード!逃げるわよ!」
私は、呆然と立ち尽くす彼の腕を掴んだ。
「アリシア…すまない、私が…私がお前を巻き込んだ…」
「謝っている暇があったら、馬を走らせて!」
降り注ぐ矢の雨を、魔法の障壁で辛うじて防ぎながら私たちは死に物狂いでその場を離脱した。
背後からは、「反逆者アリシアを討て!」「裏切り者の皇帝を捕らえろ!」という声が追いかけてくる。
こうして、私は再び、今度は「国を裏切った反逆者」というさらに重い烙印を押されることになった。
利用された挙句、またしても嵌められた。込み上げてくる怒りと絶望を奥歯で噛みしめながら、私は荒野を駆けた。このまま終わるわけにはいかない。絶対に。
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