看取り図

ごぼうりんぐ

第1話

どこまでも白い空間が広がっていた。


端も、中心も分からない世界。そこに、いつからか男が一人、ポツンと佇んでいた。不思議そうに辺りを見渡している。


男が後ろを向いたとき。


「ん?」


少し離れた場所、白一色だったその中に、微かな輪郭が浮かび上がっていた。


「なんだ、あれ」


他に目印はない――それしか、ない。


男はその輪郭へ向けて歩き出した。


徐々に、はっきりと見えてくる。シンプルな外観。


「……ミトリ設計所?」


ガチャリ。


ドアが開いた。


「いらっしゃいませ」


そこには、黒いスーツを着た男が立っていた。


「どうぞ、お入りください。外には何もありませんので」


「え、えっと……ここは……」


「あぁ、混乱されているのですね。ご安心ください。ここでは、ごく自然な反応でございます」


男は、導かれるままに中へと入っていった。


中にはカウンタースペースがあり、壁には間取り図のような紙がいくつも貼ってあった。


「不動産屋、ですか?」


「あぁ、いえ。少し違います」


スーツの男はそう答えると、さらに奥へと歩いて行く。


「どうぞ、こちらへ。応接室がございますので」


応接室の中には、アンティーク調のテーブルが設置してあり、ファイルのようなものがいくつか置かれていた。


テーブルを挟むように置かれたソファは、シンプルながら、見ただけで座り心地の良さが伝わってくる。


「どうぞ、お掛けください」


言われるままに、腰を掛ける。男の身体は、ソファに予想よりも深く沈んだ。


「私、看取り図の制作と案内をしております『ミトリ』と申します」


そう言って、スーツの男は名刺を差し出した。


「見取り図制作案内……ん?字が……『看取り』?」


「はい……。恐れながら、私ども看取り図設計者は、お客様の最期をデザインさせて頂いております」


ミトリの言葉に男の目がわずかに動く。


「最期?」


「はい、最期でございます」


「え、最期って……」


混乱した様子の男にミトリは静かに語り掛けた。


「お客様、失礼ですが何か思いだせることはありますでしょうか。

例えば……ご自身のお名前など」


「名前、いや、名前は……」


しばらくの沈黙。


「……思い出せません……何も」


「先ほども申しましたが、あなたの置かれている状況は特段珍しいものではございません。

ご安心ください。ここは、あなたの生きる世界と切り離された場所ですので」


「はぁ……」


曖昧な返事をしながら、男はきょろきょろと目を動かしている。


ふいに、ミトリが口を開く。


「失礼しました。お茶をお出ししていませんね。コーヒーと紅茶、どちらがよろしいですか」


「じゃあ、コーヒーで」


男は、まだ整理のつかない様子で答えた。


「かしこまりました。

では、ただいま注いでまいりますので、

少々お待ちください」


そう言うと、ミトリは立ち上がる。


そのとき。


「あの……

僕は、死ぬんですか」


男は、下を向いたまま尋ねた。


「はい。

ですがお客様。

最期というのは、誰であろうと

訪れるものでございますので」


ミトリは、テーブルに置いてあった青いファイルを、

そっと開いた。


「お待ちの間、よろしければご覧になっていてください。

詳しくは後ほどご説明いたしますので」


その声は、どこか優しかった。


ミトリが応接室を出てった後、

一人残された男は、

開かれたファイルに目を通す。


「思い出の……形?」


ファイルには、様々な家具やインテリアのようなものが、

掲載されていた。

その多くに、どこか使い古されたような、

汚れや傷があった。


少しして。


「お待たせいたしました」


コーヒーを持ったミトリが戻ってきた。


ミトリは、テーブルにコーヒーを置き、

それに砂糖とミルクを添えて、

「ご自由にお使いください」と一言、付け加える。


そして、向かいのソファに腰を掛けた。


ミトリが静かに口を開く。


「お客様。

これから、お客様には、

最期の部屋の形、

そこに置く三つの思い出の形、

合計四つの形を決めていただきます」


「形、ですか」


「はい。

部屋の形は様々ですが、

どの部屋も、置ける思い出は三つまで。

お客様が、最期の部屋に最も相応しいと思われるものを、選んでいただきます」


「……それが、このファイルの?」


「はい。

それではお客様。

まずは、お客様の最期における最初のデザイン。

こちらから、最期の部屋の形を決めていきましょう」


そう言って、ミトリはおもむろに、

先ほどとは別の赤いファイルを開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

看取り図 ごぼうりんぐ @goboring

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ