魔法使いの勇者

きょうこ

第1話  魔法使いの勇者



 ここは魔王の間。激戦の末、勇者たちは全滅の危機に瀕していた。


 勇者、僧侶、戦士は既に倒れ意識はない。最後に残った魔法使いのアイギスもMPを使い果たしていた。MPとは、魔法を使う為の力の源。MPを消費して魔法の使用する。つまり、もはやアイギスはたったの一つも魔法を使えなかった。MPの切れた魔法使いなぞ、ただの村人と変わりなかった。


「ふははは、勝った、勝ったぞ!…がぁっ!?……く、しかしこちらもずいぶんと消耗したな…」


 激戦を制した魔王ダレスも膝をつき、苦しそうに胸を抑える。まだ少し余裕はあるが、流石は勇者パーティ、それなりに消耗してしまった。


「くはは、しかしこれでもう我に歯向かうものはおらん。人間界は我のものも同然よ」


 目障りだった勇者パーティも、もはや虫の息。


「おっと、トドメを刺しておかねばな」


 転がる勇者たちに向き直ると同時にカチャリと音が聞こえた。魔法使いのアイギスが勇者の剣、聖剣エクスカリバーを手にしていた。


「ふははは、やめておけ、魔法使い。貴様が聖剣を持ったところで駆け出しの戦士にすら及ぶまい」


 おかしい…とダレスは逡巡する。聖剣は勇者以外が手にすると鉛のように重くなり、扱うことはおろか、持ち上げることすらできないはずだ。それを軽々と手にしている。


「ば、ばかな…」


 加えて、魔法使いが聖剣を持った瞬間から、全身の毛が逆立つような気配を感じる。


「やっぱ魔法は苦手なんだよなぁ…こっちの方がしっくりくる」


 アイギスは聖剣を構える。


「馬鹿な、貴様も勇者だったと言うのか!?」

「本当はこいつらに頑張って欲しかったんだけどな。目立つのは嫌いだし、何より勇者なんて柄じゃないんだ」


 聖剣の刀身が光り輝く。紛れもない、勇者の力だ。


「ちぃ、しかし満身創痍のその体では…………!?」


 おかしい。勇者パーティとの戦いは激戦だったはず。なのに、目の前の魔法使いはかすり傷一つ負っていなかった。こちらの魔法も幾度となく叩き込んだはずなのに。違和感はあった。魔法攻撃とはいえ、実際に手応えがなかったのだ。つまり、全て回避されていたことになる。


「馬鹿な……その回避能力、それにその勇者の力…!なぜこれまで隠していた!」


 ダレスは驚愕と怒りで顔を歪めた。


「魔法使いの方が魔法をパナすだけで楽なんだよ。それに、聖剣が使えるのは勇者だけ。聖剣は一本だし、選ばれる勇者は一人って皆信じてるだろ?二人もいたら混乱するじゃないか」


 アイギスはそう言いながら、一歩も動かずにいた。魔王ダレスは、一瞬で判断した。全力で戦わなくては、負けるのはこちらだと。


「くたばれ、勇者ァ!」


 ダレスは残ったMPを全て振り絞り、闇の魔法を放った。いくつもの闇の魔法が鋼鉄の爪の様に迫り、アイギスの心臓めがけて唸りを上げる。しかし、アイギスは動かない。その加速、その軌道、全てが彼の視野に入っているかのようだ。


 ダレスの魔法がアイギスの胸に届く、その直前――アイギスの姿が残像となって消えた。


「――ッ!?」


 アイギスは既に魔王の背後に回り込んでいた。その動きは常人の知覚を遥かに超えており、魔王の目には、まるで時間が止まったかのように映っただろう。


「これで終わりだ、ダレス」


 アイギスは、聖剣エクスカリバーを水平に薙いだ。その刃から放たれた光は、もはや剣筋というより、一本の白い光線だった。回避不能の光の刃は、魔王ダレスの胴体を一閃する。


「ぐ、がぁぁぁぁあああ――ッ!!」


 魔王ダレスの巨体は、断末魔の叫びとともに地に崩れ落ちた。聖剣の光は、その存在そのものを消し去るように、魔王の残滓を霧散させた。




 アイギスは、静かに聖剣の光を鎮めた。息切れ一つない。彼は倒れている仲間たちに目を向けた。勇者は今にも意識を取り戻しそうだ。


「やれやれ、手間かけさせやがって」


 アイギスは倒れた勇者の元へ歩み寄る。そして、聖剣エクスカリバーを彼の掌にそっと握らせた。柄には魔王の血が少し付いている。アイギスは急いで自身のローブを適度に引き裂き、泥で汚した。これで工作は完璧だ。


 やがて、呻き声とともに勇者がゆっくりと瞼を開けた。


「ぅ……アイギス……か……?」

「気がついたか」


 アイギスは疲労を装った声で、勇者の体を抱き起こした。


「俺たち、一体どうなったんだ……?負けたのか?」


 アイギスは静かに微笑み、魔王の消滅した場所を指差した。


「お前たちが倒れた後、俺が最後の壁になろうとしたんだが、すぐに限界が来たんだ」


彼は自身のMP切れの事実と、魔法が効かなかった絶望を語った。


「MPも切れ、これまでかと絶望した。だが、お前が……お前が最後に立ち上がったんだ。ふらふらの状態で、聖剣を握り締め、魔王に突っ込んでいった」

「俺が……?」

「ああ。差し違えるように、お前と聖剣が魔王と交差した。そして、魔王は倒れた。勇者、お前がやったんだ。俺たちは勝ったんだ。」


 勇者は自分の手に握られた聖剣を見つめた。柄に付着した血を払う。記憶にはないが、聖剣で魔王を討ったような、妙な納得感があった。




 数日後、王都は歓喜に包まれていた。勇者パーティは魔王を討伐した英雄として凱旋した。勇者は聖剣エクスカリバーを掲げ、人々の熱狂的な歓声に応えた。

その夜、王城では盛大な祝宴が開かれていた。しかし、主役の一人であるはずの魔法使い、アイギスの姿はどこにもなかった。


 アイギスは、王都のはずれにある、薄暗く騒々しい酒場の隅で、安酒を飲んでいた。カラン、と扉の鈴が鳴り、勇者が一人、アイギスのテーブルにやってきた。勇者の顔には、まだ困惑と、ある種の重みが残っている。


「やっぱりここにいたか、アイギス」

「よお、英雄様。こんなところで安酒か?もっと良い酒を飲むべきだろう?」


 アイギスは笑ったが、目は笑っていなかった。勇者は椅子を引き、アイギスの正面に座った。


「アイギス。あの時、俺の意識はなかった。でも、記憶が薄れる中で、かすかに……凄まじい一筋の光を見た気がするんだ」


 勇者は真剣な眼差しで、アイギスをまっすぐに見つめた。


「正直に言ってくれ。本当は君が、魔王を倒したんだろう?」


 アイギスは少しの間考え込む。グラスを傾け、中身を一口流し込んだ。そして、少しだけ寂しそうな目をしたが、すぐにいつもの飄々とした顔に戻った。


「変なこと言うなよ。俺はMPが切れて、その辺の村人と変わらなかったんだぜ?それに……」


 アイギスは、勇者の目を見て、ゆっくりと言葉を選んだ。


「聖剣が魔王を倒したのは本当さ。そして、聖剣エクスカリバーは、勇者以外には扱えない。そういうことさ」


 アイギスはそう言って、グラスを空にした。それは、彼が「勇者」であることを、誰にも知られない形で認める、彼なりの最大の真実の告白だった。


「俺は魔法使いだ。……あとは、お前たちの晴れ舞台だ。俺は正直そういう面倒くさいのは苦手だし、柄じゃないからな」


 アイギスは立ち上がり、そのまま酒場の出口へと向かった。


「そうか…ありがとう、アイギス」


 アイギスは振り返らず、しかしひらひらと手を振り、酒場を出ていった。


 夜の闇の中へ消えていくアイギスの背中は、聖剣の光とは正反対の、静かで、誰にも知られることのないもう一人の英雄の姿だった。



「ーーーー!!!!しまっっっ」

 気づいた時にはすでに遅し。

「またやられたな…」

 安酒の酒代は勇者に押し付けられていた。

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魔法使いの勇者 きょうこ @kyouko4126

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