第26話 魔法協会
その日、真帆は鳥羽の部屋に呼び出されていた。
「まぁ、座れ」
そう言って鳥羽はベッドを指す。真帆はそっとベッドの脇に腰を下ろした。
鳥羽の部屋は綺麗に整理整頓されていた。余計なインテリア雑貨はないのだが、ショーケースには魔鉱石が綺麗に飾られている。
初めて彼の部屋に来たので、真帆は少し落ち着かない。
鳥羽は真帆に向けて椅子を移動させた。窓の外を気にしながら椅子に座る。
「……?」
真帆も窓へ視線をやるが、窓が開いて風に揺れるカーテンがあるだけだった。
「そうだな……どこから話そうか……」
そう言いながら鳥羽は長い足を組む。
緊迫した空気が漂い、真帆は背筋を伸ばす。
「……まずは“魔法協会”について話そう」
初めて聞く言葉に真帆は首を傾げる。
「まほうきょうかい?」
「世界中の魔法使いを取りまとめる組織だな。蔵も魔法協会に属する魔導師だ」
蔵といえば、鳥羽の友人だと言っていた魔導師の男だ。しかも玩具会社『トイーズ』の若社長なのだという。
「それなら鳥羽さんも魔法協会の?」
「いいや、私は属していない。魔法協会に属するのは主に魔導師だ。特に蔵家のような魔法使い一族が古くから組織に属していることが多い」
「でも鳥羽さんも魔導師ですよね?魔法協会に入らないんですか?」
「どうも私は組織に縛られるのが嫌いでな」
真帆は納得した。上下関係のあるような組織の中で、上の立場からの指示や束縛を嫌いそうだと思ったからだ。
「本題はここからだ。君も知っての通り、昨今では魔法使いの価値や地位の低下は著しい。それは魔導師も同様だ。魔法家業というのは儲からない」
真帆は頷く。魔導師は兼業していることが多いという。鳥羽は魔香堂を営みながら蔵の手伝いを、蔵は魔導師をしながら玩具会社の経営を、といった具合に。
「この現状は魔法協会にとって問題だ。魔法使いの存続に関わるからな。この魔法の価値が低迷し続ける世界で、協会は再び魔法使いの地位向上と存続に励みたい。なんとなく理解はできるだろう」
「そうですね。そう考えるのは自然だと思います……それが僕に関係あるんですか?」
真帆は鳥羽の弟子だ。鳥羽が魔法協会に属していないのなら、弟子である真帆も協会とは縁がないはず。
すると鳥羽は真帆を指差した。
「君が魔法協会にとって鍵になるんだ」
「……えっ?」
真帆は困惑した声をあげる。
「オズヴァルトの生まれ変わりがいる。しかも当時と同じくらいの魔力を持った状態でな。これが何を意味するか……わかるか?」
少年は息をのみ、膝の上で拳を握りしめた。
「……僕が現世のオズヴァルトだと認識される」
「そうだ。まさに現代にオズヴァルトが蘇ったんだ。魔法協会が君を放っておくはずがない」
「ま、待ってください!魔法協会は僕がオズヴァルトの生まれ変わりだと知っているんですか?」
「妖精の国でのことがあっただろう」
それは記憶に新しい。亜澄果が妖精の国へ行ってしまい、鳥羽らと彼女を探しに行った時のことだ。
「あの日、君は少女を目覚めさせるため魔力を放った。それも、とてつもない程の魔力をな。あの場の出来事は既に魔法協会の耳にも入っているはずだ」
「えっ……でも妖精の国での話ですよ。現世では何が起こっているのか観測できないんじゃ……」
「確かに人間からは観測はできない。だが妖精はお喋りでな。妖精の国の外にまでも君の話は流される。協会も妖精を伝って聞くだろう」
鳥羽が何を自分に言いたいのかが、わかってきた気がした。彼の心の中で暗雲が立ち込める。
「魔法協会は君を欲しがるだろう。現代のオズヴァルトを祭りたて、魔法使いの地位向上に貢献させるつもりだ」
「……!!」
不安な予想が当たってしまい、真帆は表情を歪めた。
「それを踏まえたうえで、魔法使いの弟子になることは、何を意味するのか……についてだが」
彼は足を組み替え、話しを続ける。
「魔法使いはそれぞれで思想が異なる。魔法における理念が違うんだ。弟子になるということは、師匠と同じ理念を掲げ、思想に染まるということ。それを“派閥”という」
「派閥ですか……」
政治などで派閥とワードは聞く。それに似たようなものだろうか。
「それと暗黙のルールというのがあってな。弟子の引き抜きは御法度だ。それは弟子の意思が決めることであり、別派閥の弟子を勧誘することはタブーの扱いだ」
「それじゃ、僕は鳥羽さんの派閥ということですか?」
「そうなるな」
鳥羽はおもむろに立ち上がった。真帆は彼を見上げる。
「今の君には二つの選択肢がある。私の弟子のままでいるか、魔法協会で組織の糧となるか。どちらがいい?」
「……選択肢……ひとつしかないですよね……」
すると鳥羽はニッと口角を上げて笑う。
真帆は前世がオズヴァルトであることに縛られたくない。魔法協会に行けば確実にオズヴェルトの生まれ代わりであることを利用される。
それなら答えは元から一つしかないのだ。真帆は唇を噛み締める。
「僕はあんたの弟子になるしかない」
真帆の返答に鳥羽は満足げな笑みを浮かべていた。それがなんだか腹立たしい。
彼は全てを話した上で、自分が鳥羽を選ぶことをわかっていたのだろう。
「──だそうだ。協会の連中に伝えておけ」
鳥羽は窓の方へ顔を向ける。風でカーテンがなびく、大きな影がカーテン越しに見えるのだ。
真帆は立ち上がると窓を覗く。
「うわっ!?」
窓にはカラスが一羽止まっている。いつの間に居たのか、存在に気が付かなかった。そのカラスのサイズは通常より一回りも大きな体をしている。
『わかったよ……伝えてはおく』
「ひぃ!!喋ってる!」
カラスは口を開いて人語を喋った。
だが、その声はどこか聞き覚えがあるような──
「……もしかして、蔵さん!?」
カラスはこちらへ顔を向ける。
『よう、真帆。まさか
蔵の声をしたカラスは羽を広げ羽ばたく。窓を飛び去ると空の彼方へ消えていったのだ。
「あれは……蔵さん?」
「カラスは蔵家の使い魔だ。連絡手段として、あんな使い方もする」
そう言いながら鳥羽は窓を閉めている。
「『伝えておく』って、あれは魔法協会に?」
「君と私の様子を偵察するよに言われたらしい」
「……僕が鳥羽さんの弟子だって知れば、協会は近寄ってこないですよね」
聞けば、鳥羽はこちらに体を向ける。その顔は険しかった。
「どうだろうな……手荒な真似はしないだろうが、奴らの動きに警戒は必要だろう」
「……」
真帆は顔を伏せ、足元を見つめた。
自分は渦中にあるのではないだろうか。平穏を望んでいたはずなのに、自分の意思に反して大きな渦の中へと引きづり込まれていく。
(抗えないことなのか……?)
「仔犬くん」
鳥羽の声に、そっと顔を上げた。
「私は君が置かれている状況に同情するつもりはない」
彼からの厳しい一言が重くのしかかる。
「しかし……君が助けて欲しいというのなら、私も春鈴も君に手をかそう」
「……!!」
真帆はハッとした。
自らを卑下するばかりで、誰にも心の内を明かしたことがなかった。オズの子である自分。それに枷を付けていたのは自分自身だったのかもしれない。
「僕は……」
目の前の大人は意地悪で、プライドが高くて、厳しくて。でも自分に手を差し伸べようとしている。その手を取らなければ後悔するだろうか。
「僕は……オズヴァルトなんか関係なく……普通の人間で居たい……」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。鳥羽は黙って聞いていた。
「でも……僕が生まれ変わりなのは変えられないから……なんで、僕なんだろうって……」
声が震えてくる。泣きたくないのに鳥羽の顔が歪んでくる。真帆は顔を伏せた。
「逃げ出したい……オズの子なんてどうでもいい……僕には……背負えない……」
目頭が熱い。溢れた涙が頬を伝う。鳥羽に今の顔を見られたくなくて、腕で目を強く擦る。
「……助けて……ください……」
酷く震え、かき消えそうな声しか出ない。嗚咽が漏れ、何度も涙を拭う。
鳥羽の手が肩に優しくのる。
「君を助けよう。私は君の師匠だからな」
その声はとても柔らかく優しい声色だった。彼がどんな眼差しで真帆を見ているのか、顔を上げられない真帆にはわからない。
八月末。夏休みが終わりを迎える──
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