ド陰キャ最強魔術師、追っ手令嬢に惚れられる。~龍の卵に陽キャ指南してもらったド陰キャ魔術師、追われたので逃げてたらガチ恋された件~
卯月八花
第1話 ド陰キャとビキニ鎧
肌寒くなってきた秋の空気を切り裂くように、湯気立つほっかほかの玉子焼きが、セルディク・ランハートの眼前に降臨した。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ!」
定食屋の給仕係の女性が小粋にウインクを飛ばすが、セルディクはただただ、黒い前髪の隙間から玉子焼きへと熱い視線を注いでいるだけだった。
しかし、いざナイフとフォークを差し込もうとすると――。
『おい、いまのウェイトレス、これみよがしにウインクしおったぞ。これはお誘いじゃ。ナンパせよ』
脳内に直接、可憐な美少女ボイスが流れる。……言っていることは完全にオヤジだが。
セルディクは、足元に置いた一抱えほどの背負い箱へ、消え入るような声で囁いた。
「何言ってるんですか。お仕事の邪魔ですよ」
『そんなことを言っているからお主はいつまで経っても彼女いない歴=25年の陰キャなのじゃ!』
周囲の客たちは、黒いコートで身を包んだ不審な男が箱に向かってブツブツと喋るのを気味悪そうにみて見ぬ振りをしている。
それもそのはずで、この美少女ボイスはセルディクにしか聞こえないのである。声の正体は、箱の中に鎮座する大きな龍の卵の思念なのだ。
ちなみに卵に名前はない。それでは不便だからと名前をつけようとしたら、生まれる前に名前があるのは縁起が悪いといって命名拒否されていた。
「……龍の里に行けば、陽キャになれるんですよね? 卵さんの指南は必要ないですよ」
『試験勉強と同じじゃ。予習しておいたほうがすんなり馴染める』
「試験なら勉強しなくても満点取れますし」
『お主、陽キャ試験に同じ事がいえるのか?』
「う……」
セルディクは答えることができず、さらに背中を丸めた。
卵の故郷である龍の里は陽キャ龍たちが住まう場所で、そこに行けば誰でも陽キャになれるのだという。
魔術協会の閑職で燻っていた自分を「陽キャにしてやる」という甘い誘惑で連れ出したのは、この卵だ。
「……本当に、僕でも陽キャになれるんですか?」
『龍を舐めるな。龍は強く、美しく、何よりモテる。つまり種族そのものが陽キャなのじゃ。私もそろそろ生まれる……里に着けば、ベイビーウェーイソングが聴けることじゃろう』
「なんですか、それ……」
溜息をつき、玉子焼きの一切れを口に運ぼうとした、その時だった。
鋭い魔力の揺らぎを、セルディクは敏感に感じ取った。陰キャなので他人の魔力や視線には敏感なのである。
セルディクは弾かれたように首を巡らせ――そして、入り口から堂々と歩み寄ってくる女性と目が合った。それは、半裸といいたくなるほどのあまりにも面積の少ない装備を纏った、見覚えのある顔だった。
「セルディク・ランハート!」
凛とした声が響く。魔術協会からの追っ手、リネル・アウェインだ。
二十歳とは思えぬ幼さを残した愛らしい顔に、透き通るような長い金髪と水色の瞳。だがその全てを凌駕しているのは、到底正気とは思えないビキニスタイル鎧だった。
「ぶふっ……!?」
網膜に焼き付く白い肌の面積に視線のやり場を失い、慌てて天井を仰ぐ。
「ふ、ふふん。効果覿面といったところね」
視界の下の方で、リネルが頬を朱に染めて引きつった笑みを浮かべながらも誇らしげに胸を張るのが見えた。それだけで、窮屈そうなビキニのカップから、豊満な膨らみがこぼれ落ちそうである。
「協会秘蔵の魔導鎧――通称『陰キャを殺すビキニ鎧』を着た甲斐があったわ!」
「よ、鎧っていうか、それ……ほぼ裸……!」
「うるさいわね! さっさと卵を返しなさい。そうしたら……」
リネルは柔らかな腕をクロスさせ、さらにその胸元を強調した。腕の形に合わせて、ぐにゃりと豊満な胸が変形する。
「……あ、あなたを籠絡してあげてもいいわよ?」
リネルの顔がきゅううっと赤くなり、湯気が出そうになっている。
セルディクの心臓がドクドクドクドクと耳元で鳴っている。純情な陰キャメンタルが限界に近い。
『おいセルディク。いいケツではないか。少しくらい楽しんでから逃げるとしよう』
卵は尻派か……とそこまで考えて、セルディクは頭をぶんぶんと振った。
「そんなことできるわけないでしょう! それじゃあなたを返すことになっちゃいますよ!」
『ポイ捨てこそ陽キャの極みぞ?』
「そんなのリネルさんに失礼です。彼女は自分という宝物で僕を誘惑しようとしているんですから……」
『いかにもド陰キャの言いそうなことよ。女なんて飽きたら捨てて次へ行くくらいで丁度いいのじゃ』
「そんなこと言って! 炎上しますよ!?」
「炎上? この格好のなにが炎上するっていうのよ! なによ、さっきからこそこそと失礼ね!」
卵の声は、高い魔力を持つセルディク以外には聞こえない。つまり、リネルにもセルディクが一人でぶつくさ言っているようにしか聞こえないのだ。
「とにかく早くしなさい、こっちだって死ぬほど恥ずかしいんだから!」
リネルの目には、涙が浮かんでいる。
セルディクは熱に浮かされ混乱する頭を振り切り、結局食べられなかった玉子焼きに心の中で謝罪して、席を蹴った。
「す、すみません! 君の想いには応えられません!」
とりあえず逃げよう。それしかない!
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