第17話

 ──午後六時


「すみません、今日はもう帰ります」


 私は上司に言った。


 なんて言われるのか……。


「ああ、わかった」


 え?


「いいんですか?」


 思わず聞いてしまった。


「ああ」


 拍子抜けしてしまった。

 その後、勇凛くんにメッセージを送った。


『今日はもう帰れるよ』


 私がエレベーターホールの前に立つと通知があった。


『今すぐ行くので会社の住所教えてください』


 え、会社!?

 誰かに見られたら色々めんどくさいことになる……!


『いや、前待ち合わせした場所でいいよ』


 すぐ既読になった。


『行ったら迷惑ですか?ならやめておきます』


 迷惑……な訳ない。

 嬉しい。


 ただ──


 八歳も年下の男の子と一緒にいるのが恥ずかしいと思ってしまった。

 でも、勇凛くんは私の旦那さんなんだ。

 そんなこと思うのは彼に失礼だ。


『わかった。待ってる』


 私はその後、会社の住所を送った。


 ***


 暫く会社の前で勇凛くんを待っていた。


「七海さん!」


 息を切らした勇凛くんが来た。


「遅くなってすみません」

「ううん。わざわざ来てくれてありがとう」

「七海さんにまた何かあったら大変なので」


 優しい…….。


「じゃあ帰ろうか」


 勇凛くんと歩き出そうとした瞬間


「川崎さん」


 背後から声をかけられた。


 森川さんだった。


 最悪なタイミング……。


 森川さんは私と勇凛くんをじっと見ている。


「その子は?」

「えーと……」


 勇凛くんがいる。

 ちゃんと言わないといけない。

 なのに言葉がでてこない。


「弟?」


 その時、勇凛くんが一歩前に出た。


「夫です」


 ──言ってしまった。


 気まずい沈黙が流れた。


「夫……?」


 森川さんが首を傾げている。


「はい。俺と七海さんは夫婦です。結婚しています」


 あーーー!!

 私は耐えられなくなった。


「あの、これには深い事情が……」


 森川さんはそれを聞いても驚いている様子はなかった。


「そうか。おめでとう」


 少し穏やかな顔をした。


「ありがとうございます」


 私は頭を下げた。


 会社の人に知られてしまった。

 いや、人事に説明しないといけないし、近いうちに知られてしまうんだけど。


「あ、俺言っておいたよ。川崎さんにこれ以上無理させるなって」

「え?」


 だから、今日早く帰っても特になにも言われなかったのか。


「ありがとうございます……」


 陰で助けてもらえたことが嬉しかった。


「じゃあ、また明日」


 森川さんはその場を去った。


「……あの人なんなんですか?」


 勇凛くんの低い声が聞こえた。

 勇凛くんを見ると、険しい顔をしている。

 いつもの優しくて穏やかな勇凛くんとは違う。


「会社の先輩だよ。私が入院したの知って、上司に忠告してくれたの」

「そうなんですか……」


 沈黙が流れた。


「勇凛くん……そろそろ帰ろうか」

「はい……」


 勇凛くんは険しい表情のままだ。

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