堕ちた勇者、王殺しの罪で処刑せよ! ~黙示録の魔女と最凶の《銃神》が鮮血で染める、反逆の葬送華《ライズ・オブ・ザ・レネゲイド》~
千樹
第1話プロローグ 記憶の喪失と王の喪失
悪魔王討伐。 凱旋。 国民の熱狂的な出迎え。
王への報告を済ませた、数日後の夜。 国を挙げての、盛大な祝祭式典。
剣も魔法も使えない劣等種。 それが、かつての俺。 だが、女神の気まぐれな寵愛。 その加護が、俺を勇者へと変えた。 世界の救済者。
夜空に咲き乱れる花火。 遠くから聞こえる歓声。
慣れない酒が回ったのか、頭がぐらつく。 視界の揺れ。 込み上げる吐き気を抑え込み、ベッドから這い出す。 ふらつく足で向かったのは、晩餐会の余韻が残る客間。
そこに、国王が倒れている。
胸には、式典でメンバー全員に下賜された、細身の美しい短剣。 それが、深々と心臓を穿っている。 体が、凍り付いたように動かない。
短剣の柄に刻まれた名前。 全身の血の気が引く。
『ハーヴィー』
俺の名前だ。
王はすでに息絶えている。 信じられない光景。 ただ立ち尽くすことしかできない。 部屋のドアは厳重に施錠され、外からは王宮衛兵の巡回する足音が響く。 断崖絶壁の城の頂上。 脱出も侵入も不可能。 完全な密室。
思考の断絶。 夕刻、王と激しく口論した記憶はある。 だが、その先がない。 記憶の糸が、そこだけ焼き切れたように欠落している。
まさか、俺が……? いや、ありえない。 だが、この状況はなんだ? あまりにも完璧すぎる。 俺を犯人だと告発するための、悪趣味な筋書き(シナリオ)。
クソッ、どうすればいい。 震える声が、無意識に漏れる。
「王よ、すまない……」
伸ばした指先が触れた、王の頬。 伝播してくる死の冷たさ。 胸を支配するのは、罪の意識か、それとも誰かに嵌められた絶望か。 今の俺には、何も分からない。
廊下を迫りくる、硬質なブーツの音。
背後には、重い鎧を纏った複数の足音。 一人は側近、残る二人は王宮衛兵か。 最悪だ。 王の姿が見えず、探しに来たのだろう。 この部屋に王と俺がいたことは、周知の事実。 言い逃れも、証明もできない。
視界が白く染まる。 一体、どうすれば……。
静寂を破る、渇いたノックの音。
「陛下、いらっしゃいますか?」
柔らかな声。
「私です、ダルクニクスです」
その名を聞いた瞬間、心臓が早鐘を打つ。 一瞬で、自分の立場を理解する。 逃げ場のない檻に閉じ込められた獲物。
ダルクニクス。 勇者パーティー最強の一角、史上最強の全属性魔導師。 その二つ名は、『破壊の王』。 正真正銘の化け物が、今、薄い扉一枚隔てた向こうにいる。
ノブに伸ばした手が震える。 どう説明する? 潔白を証明できる確信が、自分自身にすらない。 あまりにも状況証拠が揃いすぎている。 ましてや相手は、『王佐の才』と謳われる切れ者。 どんな言い訳も、即座に論破されるのがオチだ。
刻一刻と近づく、破滅の時。 こちらの沈黙に、扉の向こう側も異変を悟ったらしい。 ノックの音が、激しい打撃音へと変わる。
扉が悲鳴を上げるような衝撃音。
「陛下、開けてください!」
「陛下、ご無事ですか!? 陛下ぁぁああ!!」
心臓が肋骨を叩き割る勢いで脈打つ。 まるで、神の審判を待つ罪人の気分。
扉には、幾重にも厳重な防御魔法がかけられているはずだった。 だが、この男の前では紙切れに等しい。 指を鳴らす音。 詠唱すらなく、防御結界が粉砕される。 尋常じゃない魔力。
重厚な扉が軋みを上げて開き、ダルクニクスが踏み込んでくる。 その視線が、青ざめた顔で王の亡骸を凝視した。
「陛下ぁぁぁぁ!」
「何ていうことだ!」
そして、王の胸に突き刺さる、俺の名前が刻まれた凶器。 彼は、ゆっくりとこちらへ視線を移す。 そこには、失望と軽蔑だけがあった。
「お前、なんでこんなことを……!」
言葉が出ない。 思考が崩壊し、吐き気と目眩が視界を奪う。 弁明の言葉すら浮かばぬまま、意識は唐突に闇へと落ちていく。
◇◆◇
地下牢を包む闇。 水滴が落ちる音だけが響いている。 頬に落ちた冷たさに、ゆっくりと目を開けた。
石畳の上を歩く、規則正しい足音。 牢番が重い錠を開け、その人物を招き入れた。
現れたのは、『閃光の剣神』ライザ。 勇者パーティー最強の一角、もう一人の英雄。 光速の剣技と、彫像のように整った美貌。 国民からの人気は随一だ。
だが、こいつは苦手だ。 世間はクールで高潔だと称えるが、俺から言わせれば、ただの融通の利かない石頭。 頑固一徹そのもの。
そんな彼女が、今、鉄格子の向こうで仁王立ちしている。 俺を見下ろす瞳には、ゴミを見るような軽蔑の色しかない。
彼女が口を開く。 何を語るかと思えば、あまりにも冷酷な宣告。
「明日、お前は処刑だ。黙って大人しく死ね!」
「絶対に変な気を起こすな! 黙って大人しく死ね!」
「いいな!」
それだけ言い捨てると、彼女は踵を返して去って行った。
何だったんだ、今の……。
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