男の意地の話



俺は3歳の時、今の家に引っ越してきた。

引越しの挨拶で隣を訪れた時、俺はアリアと再び出会った。




「じゃっく?」


舌足らずの声で彼女が俺の名を呼ぶから


「ありあ」


と俺も彼女の名を呼んだ。


俺たちの小さな確認の会話に親達は気づく事なく、悟、華、と俺たちのこの世界での名を紹介し合っていた。




子供同士の歳が近い事もあり、母親達は頻繁に交流を持った。

俺と華は当然の様にいつも一緒にいて、小さな子特有のくだらないケンカをする事もなかった。

そんな様子に母達は

「前世では仲良し夫婦だったのかしら」

などと冗談めかして話していた。




小学校、中学校と同じ時を過ごして成長していく中、ふと俺は気づいてしまった。




俺、チビじゃないか?




中学に入学した頃は良かった。

男女ともに大差なく、頭ひとつ抜けている奴の方が珍しいくらいだったから。

2年になると、周りの男共と少し差が出たが、まだまだ焦る時期じゃないと悠長に構えていた。

3年の時、華がクラスの男と談笑している時に衝撃が走った。

華より20センチは背が高いだろうソイツと話す華の上目遣い。

横から見ても劇的に可愛いそれを、ソイツは見下ろす形で見ているのだ。

華に、見上げられているのだ!




「チッ!クソがよ…」


「うぉ!何だ急に」


俺の突然の悪態に隣で談笑していた友人達がビビっていた。




それからの俺は、とにかく牛乳を飲みまくり夜は9時には寝るようにした。

突然の謎行動に、母はよく分からない顔をしながら次々消える牛乳を、せっせと冷蔵庫に補充してくれた。

何かを察した父はニヤニヤしながら、父さんも高校に入ってから急に伸びたから焦る必要はないと肩を叩き、飲めば背が伸びると謳う謎のサプリを渡してくれた。




高校に入学して夏が過ぎ秋が来た頃、俺の目線に華の頭のてっぺんがきた時は密かにガッツポーズをした。




「ねぇ悟」


俺のガッツポーズに気付いたのか、華が俺を見上げた。

夢にまでみた上目遣いだ!

俺は神に感謝した。


「ん?」


内心のニヤつきを隠そうと表情を固くする。

華は眉間に皺を寄せると怖そうだと言うが、こうしなければ表情が締まらず情けないニヤけ顔を晒すことになる。


「今日ね、みっちゃんに、悟と私は付き合っているのか、って聞かれちゃった」


何だその質問は、愚問だな。

俺と華は好き合っている、当然、付き合っているといって良いだろう。


「はっ、なんだそれ。何故そんな事を聞くんだソイツは」


みっちゃん、という名は高校に入ってから華からよく聞く名前だった。

同じ部活の女子でクラスも同じだからか、よく話すのだという。

友達の恋愛は気になるものだと話す華に、そういうものかと返答した。


その後、何か考え込む様に黙り込んだ華を見て、ふと思った。




俺達、付き合ってるよな?




俺も華も口に出す事はなかった。

前世では夫婦同然で過ごした。

今世も同然そうなると思っていた。

俺の気持ちは分かっている、華が好きだ。

だが華は?


華に聞いて「えぇ?」と困った様な困惑顔をされたら。

そう考えたら、怖くて確認出来なくなった。




「じゃあ、また明日」


結局、何も言葉を伝えられない俺は家の前で華にそれだけ言った。

華が家に入るまで見届ける。

それは2人で登下校を始めた小学生の頃からの習慣だった。


あの日、アリアを家まで手を引いていれば。

家に入れば助かったかもしれないのに。

その思いが胸の奥にあるからだと気付いたのは、いつだっただろう。


「悟君は、紳士なのね」


そう言ってくれた華の母親。

俺が素直じゃない返答をしても、頬を膨らます華と俺の様子を彼女は朗らかに笑ってい見ていた。

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