雪が秩序だった世界 長編

水到渠成

第1話 雪の反響

 朝、目を覚ますと部屋の中に雪が降っていた。

 しかし、床は濡れていない。

 雪は落ちるたびに小さな声を発し、耳を澄ますとそれは私の昨日の言葉だった。


「おはよう」

「行ってきます」

「……さようなら」


 声の雪片は溶けず、机の上に積もっていく。

 指先で触れると、言葉の温度が伝わった。

「行ってきます」は冷たく、「おはよう」は生ぬるく、「さようなら」は火傷しそうに熱い。


 窓の外を見ると、街にも雪が降っていた。

 しかし外の雪は、すべて「見たことのない文字」でできている。

 通りを行く人々は、知らない言語の雪に覆われ、顔がどんどん読めなくなっていく。


 私は思わず窓を開けた。

 風と共に雪が吹き込んでくる。

 ひとひらが唇に触れる。

 それは、未来の私の言葉だった。


「ここから先には戻れない」


 雪は一瞬で喉の奥まで溶け込み、私の声を凍らせた。

 その瞬間、部屋も街も音を失い、ただ白い文字だけが舞い続けた。

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