【4日】283年01月~283年11月
【283年01月~283年11月】
資治通鑑原文1288文字(286/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
1/1-司馬炎-1/11
1/1-司馬衷-1/29
1/1-劉淵-2/2
慕容廆-2/26
・準メインキャスト
1/1-孫皓▲
1/1-司馬倫-1/23
1/1-張華-1/22
1/1-杜預-1/6
【できごと】
弟の死! 武帝は何を思う
この年、武帝の弟である斉王司馬攸が死亡しました。
ここでこの人物について紹介しておきましょう。才覚に溢れ、人々より慕われ、一時期は武帝と皇太子の座を争ったほど。その上で武帝の伯父、司馬師に男子がいなかったため司馬師の養子となってその家督を継ぎました。つまりどういうことか。晋では武帝の天下統一が強調されますが、実のところ内情を見るとその輿望は割と武帝と司馬攸で割れていたのです。本人たちの関係はともかく、その状態でその臣下らが「我が主こそ至高」と言わないはずがありません。実際、武帝即位後、皇太子の司馬衷ではなく改めて司馬攸を皇太弟につけるべき、という議論すら起こったほどです。この状態を武帝、はともかく、楊駿らがどのように見たことでしょうか。なので司馬攸は半ば追放のような形ではるか東方の封爵地、斉国に出向させられることに。しかし出発後間もなくして、病死。武帝は悲しみましたが、臣下の一人は「これで後顧の憂いがなくなりましたな」と祝福したそうです。
この年は、他にも孫皓が死亡しています。孫皓と言えば降伏後傲然とした態度を武帝に対しても貫いていましたが、こうして降伏後間もなく死亡したことを思うと、内心では相当なプレッシャーと戦っていたのかもしれません。もっとも資治通鑑は孫皓について「死亡しました」で話を終えてしまい、すぐさま目線を外部の鮮卑慕容部に転じます。もはや扱いが慕容部のおまけです。
その慕容部では、内紛が勃発。大人、即ち部民の長であった慕容渉帰が死亡すると、その弟が大人位を簒奪しました。もともとは慕容渉帰の息子である慕容廆が大人位を継ぐはずであったのに、です。リーダーの地位は、どの集団でもどうしても血が混じりますね。ただしこの内紛に対する詳細は載りません。もっと史料が欲しいような、妄想の余地がはかどると言いたくなるような、複雑な気分です。
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