【11日】289年08月~290年07月への応援コメント
賈南風はやり過ぎたんですかね。前漢の呂太后なんかを意識し過ぎたのかしらん?
作者からの返信
「史家が呂太后のように扱いたいたすぎた」なのかな、って。あんまりにもテンプレ過ぎますし……
【10日】288年09月~289年07月への応援コメント
当時の一般の人達ってどんな風に思っていたんでしょうね。三国から統一で、平和な世になるって思ってたんですかね。
あ、統一したから武帝だったのか。じゃあ世間一般には中原から争いを無くした偉大なる皇帝って評価だったのかも。
作者からの返信
天下統一とかいいながら周辺地域にはあんまり影響なかったんじゃないかなとも思います、上がアレで行政組織がどこまで機能するなんかなんてあまりにも心許ない……
【9日】287年10月~288年08月への応援コメント
戦乱が続くと荒れた地域じゃ儒教は無力だから教化を一からやり直しだもんね。
前漢も呉楚七国の乱起きましたしね。まあ呂氏一族は排斥したんで功罪相半ばなのかも。
かと言って後漢真似たらアカン気がしますもんね。
作者からの返信
司馬熾は劉氏より突出した存在じゃなかった、ってのも一つなのかなって思ってます。つまりそれだけ下のやつらが御神輿として担ぎやすかった、的な。
【8日】286年10月~287年09月への応援コメント
草原の覇者も移り変わるもんですね。
さあ、いよいよ350年レースが始まるのか。100年戦争どころじゃないな、ホント。
作者からの返信
各国、でこの書き方でどういう見え方がするようになるのか、全く読めないんですよね。楽しみです!
編集済
【7日】285年11月~286年09月への応援コメント
匈奴10万世帯は流石に眉唾ぽく聞こえますね。白髪三千丈のたぐいぽいなあ。でも大挙して南下したのは確かなんでしょうね。
この後の事考えると鮮卑族から圧迫されたんですかね。ローマ帝国のフン族の話ぽいな。
違ったフン族に押し出されたゲルマン民族ぽいなと。
作者からの返信
「過大に申告しない人間の謙虚さが異常とされる時代」ですものねえ……たぶん帰属受け入れ担当が盛大に数字を盛ったんだろうとw
【6日】284年11月~285年10月への応援コメント
匈奴って意外とカジュアルに帰順しますよね。北方で部族間の争いが激しく行われてたとかあるのかな。
作者からの返信
匈奴より北のこと、漢文史料だとまったくわかりませんものねえ……実際のところ匈奴も「はざまの民」ではあったはずなんですが。
【5日】283年12月~284年10月への応援コメント
劉毅って偶に中国史に現れる皇帝相手に直諫しても殺されない人ですね。どんなだけ覚悟ガンギマリなんだろう。
作者からの返信
たぶん家柄もヤバかったんじゃないかなあって思います。下手に切れない家柄というか。そうすると魏徴がよくわかんなくなるやつですが……w
【3日】282年01月~282年12月への応援コメント
劉毅さん、よくその場で殺されなかったな。
諡号で荒とか実際にあるもんなんですかね?そりゃ霊や幽よりマシな気はしますけども。生きてる時から評判悪かったんでしょうね。
作者からの返信
司馬炎は良くも悪くも果断ではない、ということなんでしょうね。このあとその辺がかなり露骨に吹き出てます。
賈充については、たぶん支持してるの司馬炎くらいだったんじゃないか……みたいな気もしていますw
編集済
【2日】281年02月~281年12月への応援コメント
二代目が統治を固める以前に初代がご乱脈か。でも劉邦みたいに疑心暗鬼で功臣殺しまくるとかでもないのね。
【1日】280年03月~281年01月への応援コメント
賈充さんがウググググって言ってそう。
後漢末から三国でどれだけ人口減ったんでしょうかね。とは言え、楚漢戦争程酷くは無かったでしょうし、匈奴の最盛期にぶち当たった訳でも無いから、何かやり方で安定した晋が登場って可能性はあったのかも知れないですね。
前漢だって外患もあれば、内乱もありましたし、何が違ったんでしょう。
作者からの返信
人口については、正直「わからん、なんもわからん……」って感じです、あの時代の人口統計ほど信じる意味もないものもない……
個人的には「漢のやり方がもう通用しなくなってるのに引き続き漢式で回そうとして大やけどした」なのかな、って思っています。とは言え何をもって漢式と呼べばいいのか、はよくわからないんですけど。
前漢と決定的に違うのは、胡族徙民が内部に入り込みすぎていた、ということなんでしょうね。石勒なんて五胡とは言っても漢土ど真ん中からの決起ですし。
【12日】290年08月~291年06月への応援コメント
劉琨さんてば、中山靖王劉勝の末裔なんですね。なんかワロタ。縁故頼って蜀には流れなかった一族なんですね。
いや確かに恩人殺しまくるのはヤバいですね。呂太后はヤバいけど、政敵を殺すだけだったもんね。
作者からの返信
賈南風については「もろもろあって、そのような結果になってしまった」ことをセンセーショナルに書きたてられている印象が強いんですよね。それをさもはじめから計画的に企んでいた、とされた、みたいな。
普通に考えれば、こんな鮮やかな抹殺連鎖を計画し、しかも完遂なんてできるはずがないと思うんですよ。利害の絡む人物が多すぎますし。史家にとって結果があまりにも都合が良すぎた、としか思えません。