欠けた月に重ねて
@ZgmfX191m2
第1話
四月の後半。
春って名前だけは暖かいのに、朝の空気だけはまだちょっと冷たい。
校門をくぐって、だいたい毎日同じ時間に同じ場所にいる友達に軽く手を振った。
「おはよう」と声を掛けると、向こうも軽く返してくる。それだけで十分だ。
深い話をするわけでもないけど、一緒にいると過ごしやすい。
教室に着くと、担任の軽い雑談とホームルームが始まって、何となく今日の空気が読める。
みんながぼんやりしてる日もあれば、妙に騒がしい日もある。
今日はその中間。静かだけど、妙に落ち着きすぎてもない。
授業中、隣の席のやつが小声で「あ、教科書忘れた」と呟く。
どうするのかなと思っていたら、後ろの女子が自然に自分の教科書を半分出してやっていた。
別に感動するほどのことじゃないけど、こういう小さなやり取りで人の距離感の違いを知ることがよくできる。
俺自身は、必要以上に誰かに踏み込めるタイプじゃない。
誰かの中に土足で入れるほどの勇気も自信もないし。
でも、気づいたことを気づかないふりをするのも気に障ってしまう。
…少し前、クラスの女子に放課後呼び止められたことがあった。
友達関係の愚痴を一通り聞いて、俺は「大変だな」とだけ返した。
励まし方が分からなかったとかではなくて、どこまで踏み込んでいいのか判断できなかった。
その翌日から、その子は俺と目を合わせなくなって、
代わりに「皆城君ってちょっと冷たいよね」と、誰かが言うのを聞いた。
けど、いざ冷たいって言われても直し方が分からない。
優しくしようと思って頑張ったところで、それはそれで嘘っぽくなる。
昼休みはいつも通り友達と飯を食って、帰りのHRが終わる頃には、
今日も特に何も変わらず一日が終わるんだな、とぼんやり思っていた。
でも、こういう日々のどこかに、
“何かが変わる前触れ”みたいなひそかな差し色が混じってたら、
俺は気づけるのか…
そんなことを考えながら、いつもの道を下校していった。
四月の終わり際の風は、昼と夜の温度差のせいで少し苦手だ。
寒さが抜けきらないのに、街の色だけはすっかり春になっていて、
そのちぐはぐさに、毎年この時期は少しだけ気持ちが落ち着かなくなる。
新しいクラスにも少しずつ慣れてきた帰り道。
俺はいつも通り、駅までの坂を下っていた。
今日も特別なことはなく終わるんだろう、
そんなことを考えながら、足元の影を何となく追っていた。
その影が、不自然なところで途切れていることに気づく。
その時だった。
道の先、街灯の下に誰かが座り込んでいるのが見えた。
制服の袖が破けていて、頬にかすかに赤く腫れた痕。ネクタイの色が同じで、同級生くらいかなと思ったが、それよりもやっぱり気になったのが、少し離れて見ても「ただの転倒」じゃないってことが目に見えていたことだ。
本当は、見なかったふりをして通り過ぎようと思ってたのに、なぜかそのまま足が止まった。
こういうとき、いつも少しだけ後悔するのに。
「……大丈夫?」
顔を上げたそいつは、俺より少しだけ鋭い目をしていた。
口の端が切れて血がにじんでるのに、どこか涼しい顔をしてる。
「見りゃわかんだろ、平気じゃねぇよ」
「いや、聞いてるだけ…」
そう言いながら、ポケットからハンカチを取り出す。
差し出すと、相手は一瞬だけ眉をひそめて、ふっと笑った。
「なんだよそれ、母親かよ」
「……まぁ、そう見えるかも」
口では冗談みたいにそう返したけど、確かにらしくない感じがして今になって顔に熱が少しこもってゆくのを感じた。
するとそいつは渋々受け取って頬を押さえた。
沈黙が少し流れて、遠くのグラウンドの声が風に混じる。
「…もう充分だ。誰か知らないけど……ありがとな」
彼はそれだけ言って歩き出した。
振り返らなかったけど、背中に視線を薄ら感じた。
――きっと、もう会うこともないだろう。
その時はそんな感情だった。
三日月が出てる夜空の下で、まだ二人の出会いなんて知らずに。
欠けた月に重ねて @ZgmfX191m2
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