ほぼ坂である壁

@LYPpremium

皮膚

私には触れてはいけない皮膚がある。その皮膚の居場所は不明だが、その皮膚が存在するという実感だけは、微弱な気温の変化のような違和感によって強く感じている。手で探そうにも、触れてはいけないと強く認識しているために、探すことができない。要するに、私は自分の体を触覚で知覚することを許されていないのだ。その皮膚はどの程度の大きさなのか、触れてしまうと何が起こるのか、実感以外にその皮膚に関する情報は、その範囲さえも知れない。対策として衣服を着れば良いという考えが浮かんだこともある。至極論理的で的を得てるが、それでは良くないのだ。衣類程度の厚さの布では、とても事を防げないように感じるのだ。これは直感である。そういうことであるため、私は寝ることにした。布団の上で大の字に四肢を広げ、四肢同士が触れないようにした。寝返りを打ってしまうため、1時間ごとにアラームを設定した。そのうち現実と夢が曖昧になったが、日が出たあとに鏡を見れば現実を認識できた。それよりも未知に踏み込む方がよほど恐ろしかった。ベッドのそばに置いている手鏡を見た後、私は足を交互に上げ、肩を回し、全身の血流の滞りを改善する。その後、私は映画を見る。何回も見ているため退屈ではあるが、放っておくだけで勝手に事が進むコンテンツは楽であり、自由だ。いつもなら、このあとは寝るか、壁とキャッチボールをするが、今日は医者に行く。平日の3時であったからか、行く途中に他人はいなかったため歩く事以外、気が楽だった。診察はすぐ終わった。精神病院を紹介されただけだった。私は納得し、精神病院に行った。精神病院は強烈な西日を浴びて、単調な暗い青と薄いオレンジに二分されていた。あまりに単調で、無機質であったため、それが病院であるということの理解にすこし時間がかかった。そこでの診察は先ほどに比べれば私に寄り添ってくれたように感じる。私が現状を吐露したあと、医者は少し悩んでから、紙に薬の名前らしきものを書いて看護師に渡したのだ。それからしばらくして、受付にて無機質な錠剤の数粒を受け取り、帰路についた。既に外は街灯を必要としていた。家にてその薬を飲んだが、味もやはり無機質で、そこにただ存在しているだけの味であった。しかし、その日の夢はいつもと違った。真っ暗な何もないであろう空間にいるが、身動きが取れず、体の全身を人肌程度の温度かつ、スライム程度の粘性のある液体に包まれる夢だった。その液体はまず皮膚をつつみ、内臓を満たし、肺に入っていこうとした。私はこの夢により、悪夢の定義がはっきりとした。私は不快感に唸り、全身の毛を逆立てた。そして、起きた時には、皮膚の違和感はより曖昧だが、存在感の濃いものになっていた。不思議な薬だと感じた。私はこの夢を寝るたびに見た。しばらくすると、日課の映画のように飽きてきた。飽きていくのと同時進行で違和感はどんどん大きく、強く、曖昧になっていった。それはそのうち全身を包み込んだ。それと同時に薬もなくなったため、再度薬をもらおうと精神病院に向かった。相変わらず無機質な直方体は広い道路ばかりの平坦な街では目立っていた。そして、この間と同じように、医者に同じ薬をもらう予想だったが、今回はすこし形の違う薬をもらった。ただし、当然のごとく無機質な幾何形体であることに変わりはなく、その色味は遊びを知らなかった。また、一切治る気配がないことについて、私は医者を信頼していたので質問しなかった。私は家にてその薬を飲んだ。今回の薬は少し甘かった。そして案の定、夢は少し変化した。そこはやはり暗闇ではあったが自由だった。重力を感じないほどに自由だった。四肢の存在を忘れるほど、何の抵抗もなかった。そのような状況であったため、皮膚の違和感はより強調された。それは痒いようでもあり、穴の開いたようでもあり、もしくは、体の内側に向けて脱皮をしてるようでもあった。その虚空の空間で私は、あの液体と再び出会った。それはより大きく、より人の肌の質感に近づいていた。それは私を包み込み、内側に向け強烈な圧力をかけた。それによって私の身体の様々な骨肉は粉々に折れ、散々に千切れた。すなわち、私は液体と一体となったのだ。その事が起ころうと、五感は機能していたが、その事が終わった時に皮膚の違和感は消えていた。久しぶりであった。それは感動やエモーションというより、納得と理解であった。そうして目が覚めた。アラームはまだ鳴っていなかった。すぐに手と手が触れ合ってることに気づいた。つまり、今か過去に事が起こったのだ。事とは、自分以外の炭素生物が全て死んだのかも知れない。もしくは、地球に空洞ができたのかも知れない。もしくは、私の毛穴が一つ減ったのかも知れない。もしくは、月で新しい生命が生まれたのかも知れない。もしくは、全人類の唾液腺が7つになったのかも知れない。触れてはいけない皮膚が触れたため、なにかしら事は起きたのだろう。それに関して、皆は無関心だろうか、気付くだろうか。事の原因が私の手が触れ合ったためであることを、世界はまだ知らないのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ほぼ坂である壁 @LYPpremium

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画