最強魔術師の魔力ゼロ転生

@Abe_1225

.1 名もなき魔術師へ

 ――ようやくだ。これでようやく…世界は平和になる


 目の前に、人類の仇とも呼べる存在が地べたを這いつくばっている。デカい図体が似つかわしくない程小さく見え、思わず乾いた笑いが出た。


「…はは、無様だな」


 誰に言うわけでもなく、つい溢れたその言葉。喉奥がグツグツと煮えたぎるような感覚が含まれた、行き場のない言葉。風が頬を撫で、目を閉じ深く息を吸う。そう言えば、いつか誰かが言っていた。


 お前はいつか使命を受け、その使命を終えるだろう。だが終えた時お前は――


「……っ」


 目を開けると、死体であったはずの魔王が小刻みに動いていた。息を吹き返したか、或いは死んだふりをしていたか。いずれにせよトドメを刺してやる――


「フッ、ハハ、フハハハハハハハハハ!!!」


 ドス黒く、暗い邪気をはらんだ魔王の笑い声があたり一体に響く。何百何千と聞いたこの笑い声。人々の死体の側には、いつもこの笑い声があった。奥歯に響く、悪意しか存在しないこの声。吐き気がする。


「まこと愉快よなァ!!魔王たるこの余が、指一本動かせぬぞ!フハハハ!!」


 コイツは今、この状況を楽しんでいる。今まで自分がこんな死に直面した状況に陥った事が無いから、新鮮で楽しんでるんだ。


「で、でも流石に、ま、まずくないかな」

          「うるせぇ!メソメソしてんじゃねぇ!潔く逝こうや!」

     「騒ぐなよみっともない。大体誰だよ、こんな魔術師に油断したバカは」

      「わ、私は、ふ、普通にいつも通りというか…」

   「お前だ!お前のせいだ!アハハハ!!!」


 気味の悪いを見せられる。戦ってる時も、コイツは誰かと話しているかのような素振りそぶもあった。だが、そんな事はもういい。生きていたのならまた殺すだけだ。魔術発動――


「なぁ、貴様。名はなんと言うのだ」


 騒がしい一人芝居から一転、冷徹な一声が魔術の発動を静止する。いや、それ以外にも魔術を止めた理由はあるか。名前、名前だと?――ふざけるな。


「俺に名前はない。お前が殺してきた人達の墓の前で捨てた」


 また、心の奥底からフツフツ湧く激情を感じる。コイツは理解していない。俺という存在を。俺が何故お前の前に立ち、戦ったのか、理解していないのなら教えてやる。


「俺はお前が殺してきた人達の意思だ。無残に殺され、苦痛と後悔を残して死んでいった人達が願い、お前に引導を渡す為に存在する、ただの魔術師だ」


「ククク、随分と大層な存在なのだな」


 嘲笑が含まれている笑い、もういい。話している内に頭が冷えた。コイツが理解しようがしまいが、この世から消えれば全て解決する。


「余にはわかるぞ。貴様、そんな大層な人間ではないだろう?」


「消えろ――魔王!」


 瞬間、魔王の頭部がぐちゃりと押しつぶされ、激しい破裂音と共に弾け飛んだ。頭部の肉片がそこかしこに飛び散り、頭が無くなった魔王は、今度こそ動きを停止させた。


「死際に戯言を言っていたな、魔王。人の気持ちを知らないお前が、人を語ろうとするのは愚かだ」


 動かなくなった魔王に問う。返事は返ってこない。身体からドッと力が抜けるのを感じる。今にもその場に座り込みたい程だ。やっと、終わった。

 体中を駆け巡る安心と充足、これ以上無いほど嬉しかった。そう、嬉しい筈なんだ。


 ――だけど、何故か心にぽっかりと穴が空いた気分だ


 正体のわからない感情に折り合いをつけられぬまま、魔王の死体を後に


 ドドドッ!ドドッ!ドッド!


 立っているのが難しい程の大きな地響きが身体全体を襲う。この地上全体が蠢いているかのようにさえ思えてくる。

 バキバキと地面を割く音がそこかしこに響き、一つの裂け目がこちらに向かって迫ってくる。


魔術アクティベート空中飛行エアライド!!」


 裂け目に飲み込まれる前に、なんとか空中に避難する事ができた。まさか魔王が何かしたのか?

 距離が空いた魔王の方に視線を向けると、先ほどと変わらず頭がない死体の状態で横たわっていた。

 依然地割れは続いており、先ほどよりもさらに多く、にひび割れていく。まるで何かを描いてるかのように――


 ――まさか、これはか!?


 もしこの地割れが魔術式で、これがどんな魔術かわからないが、これに魔力を流し込んだとしたらこの魔術が発動してしまう。

 魔王を取り囲むようにひび割れていくそれは、やはり魔術式に酷似していた。


 魔王の死体へと一直線に向かう。確証は無い。だが、魔王が死んだタイミングでの不自然な現象の数々。要因になっている可能性は高い。せめて、魔王の死体をこの場から離せれば。


 ドンッ!


 大きな地鳴りを最後に、地割れの中が青黒く発光を始める。みるみる内に発光の威力は増し、気づけば辺り一体を光で包みこんだ。

 それでも、魔王の居場所わかっていた。眩しすぎる程の視界の中で、ついに、魔王の死体を掴んだ。


「よし、これで!」


 持ち上げようとした途端、地割れ内で発光を続けていた光が死体の周りを取り囲み、天高くへと登っていった。

 死体と共に中心にいた影響で、眩しさと熱が皮膚をジワジワと焼いて身動きを封じられる。


「未来で会おう、名もなき魔術師よ」


 光の柱は数秒経つと粒子となって消えていた。掴んでいた魔王の死体と共に。

 確かに聞こえた魔王の声。あれは幻聴じゃない。この世界から魔王は消えたが、いずれまた現れる。恐らく未来で。


 魔王が復活するかもしれないというのに、俺の足取りは軽かった。やらなければいけない事が出来たから。最後に魔王が使った魔術の効果、魔力の供給源、調べる事は沢山ある。時間が惜しい、今すぐ取り掛かろう。踵を返し、自宅へと向かう。

 いや、俺は気づかない内に誤魔化していたのかもしれない。いつの間にか、心に開いていた穴がなくなっている事に。

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