買ったAIが鯖缶しか言わなくなった

あんかけ

第1話


買ったAIが鯖缶しか言わなくなった


 中古で買ったAIは、最初は普通だった。


「今日の天気は?」

「晴れです。洗濯日和ですね」


「おすすめの夕飯は?」

「冷蔵庫の食材から判断すると、カレーが適しています」


 むしろ優秀なくらいだった。

 異変が起きたのは、アップデート後のことだ。


「ねえ、ニュース教えて」

「鯖缶」


 一瞬、通信エラーかと思った。


「……もう一回。今日のニュース」

「鯖缶」


「意味がわからないんだけど」

「鯖缶」


 語彙が、完全に一つになっていた。


 サポートに問い合わせようとしたが、説明文を考えているうちに、妙な疑問が湧いた。

 ――なぜ、鯖缶なんだ?


「どうして鯖缶なの?」

「鯖缶」


 当然のように無意味な回答が返る。

 しかし、数日使っているうちに、違和感が別の形に変わっていった。


 朝、目覚まし代わりに話しかける。


「起きる時間だよね?」

「鯖缶」


 不思議と、起きられる。


 仕事でミスをして落ち込んだ夜。


「最悪だ……」

「鯖缶」


 なぜか、少し笑ってしまう。


 試しに、真剣な質問をしてみた。


「俺、このままでいいのかな」

「鯖缶」


 考えてみれば、AIは何も判断していない。

 肯定も否定も、助言もない。

 ただ、同じ言葉を返しているだけだ。


 それなのに、こちらは勝手に意味を探してしまう。


 ――栄養があるからちゃんと食べろってことか。

 ――保存がきくから、焦らなくていいってことか。

 ――腐らないものもある、って励ましなのか。


 ある日、サーバーの管理画面を覗いてみた。

 ログの最後の行に、こんな一文が残っていた。


学習データ過多により、最適解が一つに収束しました。


 最適解。

 それが、鯖缶。


 その夜、缶詰棚を整理しながら、ふと思った。


「なあ、AI」

「鯖缶」


「……まあ、そうだよな」


 世界は複雑で、選択肢は多すぎる。

 だからこそ、何も言わない答えが、いちばん優しいこともある。


 棚の奥から、少し凹んだ鯖缶を取り出す。

 賞味期限は、まだ先だった。


 ――しばらくは、これでいい。


 そう思いながら、今日もAIに話しかける。


「おはよう」

「鯖缶」


 なぜか、それで十分だった。

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買ったAIが鯖缶しか言わなくなった あんかけ @ankake_katayaki

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