夜はもう怖くない
数田朗
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窓の外はいつの間にか暗くなっていた。気がつけば研究所内に人の気配はない。
論文を読むのに集中していたヒヤマは、このあとのスケジュールを改めて確認する。ライセンスの申請で来客予定が一件。そのまま睡眠検査を行うので、ヒヤマは泊まり込みだ。
ずいぶんと集中していたのか、既に八時半だった。来客予定は九時だ。
立ち上がってウォーターサーバーから湯を汲んで、マグカップに注いだ。
再び論文に目を落としたところで、呼び鈴が鳴る。予定よりもだいぶ早い。
ヒヤマは研究所の入り口へと向かった。ガラス扉の向こうに、一人の青年が立っている。青年は夜空を見上げていた。
鍵を開けて彼を出迎える。こちらに向き直った彼は言った。
「予約していたコウダトモキです。ライセンスの申請に」
年頃は若い。まだ二十代前半だろう。学生と言われても通るくらいに活気のある見た目だった。
「可眠ライセンスの申請ですね。簡単な問診がありますので、まずはこちらに」
ヒヤマはカウンセリング室を兼ねた自分の研究室に彼を案内する。
青年の洋服はシンプルなネイビーの襟シャツにチノパン、履いている靴は使い古されたもの――とはいえみすぼらしい印象は全くない。おそらく彼がとても健康そうだからだろう。
椅子に座った彼の顔を見る。
慣れない部屋にそれとなく視線をさまよわせている目は綺麗に黒い。肌はやや浅く焼けており健康的な色。顔つきは整っている。中性的というよりは、精悍な見た目だ。その目元に疲れは見られない。
「では、いくつか質問から」
「はい」
彼は正面からこちらを見る。膝の上に綺麗に両手を軽く握って。
――とはいえ、実際には質問をする意味はほぼなかった。
彼がこの睡眠研究所に来た目的は、眠れないからではなく眠れるからだ。
可眠ライセンス。
つまり、人々が眠れなくなったこの世界で、眠ることのできる人間だ。
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