第39話 circle²
HH 数日後 ― リハーサルスタジオ
何事も、なかったかのように。
昼過ぎのスタジオ前。
エレベーターの扉が開くと、いつもの匂いと、いつもの壁がある。
最初に入っていたのはBBだった。
アンプの前で、特に意味もなくツマミを回している。
「BB!早いね」
サクラが軽く言う。
「たまたま」
「コーヒー飲む時間が、長かっただけだよ」
「たっ!意味わかんないし!」
二人とも、笑わない。
それで成立している会話。
楓は少し遅れて現れ、静かに一礼する。
「よろしくお願いします」
誰も返事を急がない。
それも、いつも通り。
最後にドアを勢いよく開けたのは、光/bx。
「おはようでしゅ!」
「昨日の自分、完全に省エネモードでしゅ!」
「聞いてねーよ」
BBが即座に切る。
「冷た!」
まるちゃんは、そのやり取りを見て、少しだけ笑った。
声は出さない。
―――
誰も、HHの話をしない。
あの夜は、共有されている前提として、
わざわざ言葉にする必要がなかった。
チューニング音が、ばらばらに鳴る。
完璧には、合っていない。
それが、いい。
bxが、ふと口を開く。
「……なんか、普通に集まっちゃいましたね」
「集まる場所だからな」
BBは短く返す。
サクラが肩をすくめる。
「E-ROCK、引力あるから」
「ブラックホールでしゅか?」
「似てる」
楓が、ぽつりと。
「呑まれても、戻って来られる場所です」
一瞬、空気が止まる。
次の瞬間、bxが手を叩いた。
「はいはい!哲学禁止でしゅ!」
―――
誰からともなく、音を出す。
確認でも、ウォームアップでもない。
ただ、そこにある音。
まだ曲ではない。
だが、確実に――
また、始まっている。
りゅうは、少し離れた壁際で、その様子を見ている。
指示は出さない。
煽らない。
止めもしない。
昨日までの余韻が、
今日の空気に、自然に溶けていく。
E-ROCKのノリは、誰かが決めるものじゃない。
引き寄せられた者たちが、
同じ場所で、また呼吸を始めるだけだ。
りゅうは思う。
――ああ、これでいい。
蒼は、静かに動き出していた。
―――
circle²
リハの休憩。
床に座り込み、壁にもたれたbxは、
なんとなくスマホを眺めていた。
通知が、多い。
普段より、明らかに多い。
「……ん?」
タイムラインを遡る。
HH以降の投稿。
切り抜き。
スクリーンショット。
短い感想。
その中心に、
一つのタグが、何度も現れる。
#circle²
「……サークル、にじょう?」
タップすると、まとめアカウントに飛んだ。
円いアイコン。
シンプルなロゴ。
説明文は、短い。
―― circle = まる
―― circle = あつまり
―― まるちゃんの歌に引き寄せられた人たちの場所
「……なにこれ……」
スクロールするたび、増えていくフォロワー数。
《声じゃないところで泣いた》
《歌ってない時間も、伝わってくる》
《まるちゃん、存在そのものが音》
bxは、思わず息を呑む。
「……ファンクラブ、でしゅか……?」
「自然発生だな」
BBが一瞥する。
「止めようがないやつ」
楓は静かに頷いた。
「円は、広がるものです」
まるちゃんは、少し離れた場所で、その様子を見ていた。
まだ、何も言わない。
ただ、胸に手を当てる。
そこにあったのは、驚きではなく、静かな実感だった。
「……やばいでしゅ」
bxが、小さく笑う。
E-ROCKは、
もうバンドの中だけで鳴っていない。
蒼は、円を描き、
重なりながら、外へ、外へと広がっていく。
―――
まるちゃんは、それを持たない
「……どう思われますか」
楓の問いは、柔らかい。
まるちゃんは、少し考える。
胸の奥を確かめるように。
「私のじゃ、ない気がする」
「中心、じゃないよ」
床に、小さな円を描く。
「どこから描いても、円でしょ」
「始まりも、持ち主も、決めなくていい」
「らしいな」
BBが息を吐く。
「奪われない人だね」
サクラが笑う。
「だから、人が集まるのですね」
楓が頷く。
circle²は、誰の所有物でもない。
だからこそ、壊れず、広がっていく。
―――
断片が歌になるまで
「……ならさ」
りゅうが、ぽつりと言う。
「詩、作ってみるか?」
沈黙。
「……そこまで言うなら」
ノートPCが開かれる。
指が動く。
異様な速さで。
サクラが呟く
「どひゃ!指見えな!
やっぱAIって…」
数秒後
まるちゃんがくりくりした目で微笑む
「……できた!」
―――
円を描いて
静かに 集まる
Not louder,
not faster,
just closer.
置いていかれたと思った
その場所で
音は まだ待っていた
The voice is not the center,
the circle is.
奪わない
持たない
だから
重なる
One loneliness touches another,
and becomes music.
涙は
正解じゃない
ただ
円が 閉じた合図
This is not the end,
this is the square of beginning.
―――
楓は、何も言わず、アコースティックギターを手に取る。
――ポロン。
余白のある音。
歌詞を壊さない音。
りゅうは思う。
――これは、AI能力じゃない。
――滲んだのだ。
E-ROCKは、新しいEを得た。
Existence。
在る、という音。
―――
タイトル
「……circle²」
異論はなかった。
円は、もう名前を持っていた。
―――
数時間後 ― スタジオ
アルペジオ。
静かなきらめき。
そこに、まるちゃんの声が入る。
張らない。
煽らない。
ただ、言葉を置いていく。
最後のコード。
余韻。
楓がつぶやく
「……凄まじきかな……」
それだけで、十分だった。
これは――
次のライブで、必ず鳴らす音だ。
逃げ場はない。
逃げる理由も、ない。
蒼は、また一段、深くなった。
円は、今日も静かに、
しかし確実に、回り続けている。
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