第四話「討伐依頼」

ギルドの掲示板から剥がされた一枚の依頼書を、ジークは誇らしげに掲げていた。




「よし!初依頼だ!」




『……害獣討伐、だと?』




「Fランク向けの定番ね。森に出る魔獣を倒すだけ」




マーシャは淡々と言う。




依頼内容は単純だ。


街の外れにある森に、最近小型の魔獣が出没しているらしい。




数はそこまで多くないが、放置すれば被害が出る。




『フン……肩慣らしにもならん』




そう言ったものの、内心では理解していた。


今の我は、魔王ではない。


Fランク冒険者――それが、今の立場だ。




ギルドを出て、森に向かう。




風に揺れる草。 土の匂い。 魔力の気配。




『……来るな』




「え?」




『魔獣だ。三……いや、四体』




「すげぇ!分かるのか?」




『当然だ。我を誰だと思って――』




その瞬間。


茂みが揺れ、灰色の影が飛び出した。




「グギィッ!!」




「ほんとに来た!」




ジークが剣を抜き、マーシャが杖を構える。




『よかろう!まずは我が――』


我は意識を集中し、魔力を練り上げる。




『獄炎魔法〈ヘルファイア〉――』




放つ。




……が。




ボゥッ、と情けない火球が一つ、ふわりと飛んだだけだった。




「……え?」




「……弱っ」




『なッ!?』




火球は魔獣の毛を焦がしただけで、ぺちんと弾かれる。




『バ、バカな!?魔力は込めたはず……!?』




魔獣がこちらを睨み、再び飛びかかってくる。




『ならば、次こそは!!』




焦った我は、魔力を一気に注ぎ込んだ。




――ドンッ!!




爆発的な炎が発生し、魔獣たちを吹き飛ばす。




だが同時に。




『……ぐ』




視界が揺れた。


体の奥が、空っぽになる感覚。




『……魔力、切れ……?』




「ダイオウ!?」




「ちょ、ちょっと!?」




その場で我は動けなくなり、ひっくり返る。




『……ムゥ……』




「もう!ダイオウ、今は下がってて!」




マーシャが前に出て水魔法を放ち、ジークが魔獣を切り伏せる。




我は、地面に転がったままそれを見ていた。




『……我は……足手まとい、か……』




魔王だった頃。 我は常に配下の前に立ち、目の前の敵を蹂躙する側だった。




だが今は。




小さく、弱く、魔力の制御もできない。




――その時。


魔獣の一体が、回り込もうとしているのが見えた。




ほかの魔獣とは違い、鎧のようなものを身につけている。




『……待て』




我は必死に頭を回す。




『マーシャ!あの魔獣、腹部の装甲が薄い!』




「……っ、了解!」




マーシャの魔法が的確にそこを撃ち抜く。




「ナイスだ、ダイオウ!」




最後の一体を、ジークが仕留めた。


静寂。




戦闘は終わった。




「ふぅ……」




マーシャが息をつく。




我は、ゆっくりと起き上が――


……れず、ジークに起こされた。




『……すまん』




「何言ってんだよ。助かったぞ」




「……まぁ、指示は悪くなかったわ」




『……フン』




少しだけ、胸が温かくなった。








ギルドへ戻り、依頼完了の報告を済ませる。




「……はい。問題ありません。報酬はこちらです」




今回の討伐報酬は銅貨3枚。


とてもではないが良いとは言えない。




「まぁ…コツコツ頑張ろうぜ。」




「そうね。ま、今日のところは早く宿を探しましょう。」




宿を探すためギルドを出る直前。




――ぞくり。




『……まただ』




二階の手すり。


誰かが、こちらを見ている。




次の瞬間、その気配は消えた。




「どうしたの?」




『……いや。何でもない』




だが、確かに聞こえた気がした。




――くく……面白いのぅ。




『……』




我は知らなかった。




この視線の主が、 やがて我を弄び、 愛で、 そして――戦場で背中を預ける存在になることを。

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