この作品を読んで、まず強く感じたのは「文章がとても上手い」ということでした。描写が過不足なく、情景や空気感が自然に頭の中に立ち上がってきます。特に喫茶店という日常的で安心感のある舞台が、少しずつ歪んでいく過程が非常に巧みで、読み進めるほどに違和感が積み重なっていきました。
不気味さの演出がとても秀逸です。派手な恐怖表現に頼らず、「おかしい」「何か変だ」という感覚を、音や視線、会話のズレといった細部でじわじわと染み込ませてきます。そのため、怖がらせようとする意図が前に出すぎず、読者自身が気づかないうちに作品世界に引きずり込まれていく感覚がありました。
一人称視点で進む語りも効果的で、主人公の思考や感覚の変化が生々しく伝わってきます。「なぜこの状況を受け入れてしまっているのか」「なぜ離れられないのか」という疑問が、読者自身の内側にも芽生え、物語と心理が自然に重なっていく点が印象的でした。
また、芸術・創作・狂気といったテーマが、直接的な説明ではなく、会話と出来事の積み重ねで表現されているのも魅力です。読み終えたあとに「あれは何だったのだろう」と考えさせられる余韻が強く、簡単に消化されない読後感を残してくれます。
静かな日常ホラーや、不条理な恐怖、そして人の心の弱さや執着に興味がある方には、ぜひ読んでほしい作品だと思いました。読み進めるうちに、喫茶店の椅子に座っているのが自分自身なのではないか、そんな錯覚を覚える一作です。