第3話

「ん?」


パソコンの画面の端が、小さく光った。


「新着メールだ……部長からかな……?」


件名は、そっけなく「文芸部について」。

私は、一瞬だけ迷ってから、思い切って開く。


こんにちは。

文芸部の部長、橘 愛由美です。

突然のメッセージで驚かせてしまったかな?

ごめんね。

文芸部に入ってくれて、ありがとう。

あなたが入ってくれたと聞いて、とても助かりました。

今後の活動内容をお知らせしますね。

病室からの送信なので、返信にタイムラグが出るかもしれません。

その点だけ、ご了承ください。


文章は整っていて、無駄がない。

でも、不思議と冷たくはなかった。

画面越しなのに、相手がきちんとこちらを「見て」書いているのが分かる。

……この人が、部活を立ち上げた人なんだ。


そう思った瞬間、先輩の言葉が、ふっと頭をよぎる。

「退院してきて、自分の思った通りじゃないと怒る」

……マウスに置いた指が、ほんの少しだけ、慎重になる。


この先に書かれているのは、ただの「活動内容」ではない気がしたからだ。

私は小さく息を吸って、画面を、さらにスクロールする。



私が文芸部を立ち上げたきっかけについて、

少しお話するね。

部誌を作りたいの。

私の作品を掲載した部誌を、文化祭で配布したくて。


……記念にね。

活動内容は、部誌作成のための作品作り。

三人だけでは味気ないから……

適当に「かさ増し」して?

最高の青春にしましょう。

では、また。



読み終えたあと、私はしばらく画面を見つめたまま、動けなかった。

記念。かさ増し。最高の青春。


どれも軽い言葉なのに、妙に引っかかる。


「……なんだこれ?」


思わず、声に出た。私の呟きが静けさの中に滲んで消える。


「随分、投げやりだなぁ……」


少し間を置いて、付け足す。部長としての抱負とか、好きな作品とか…そんなある種の自己紹介があると思ったのだ。


「……あと、なんか……厨二病???」


静けさの中で、その言葉だけが、やけに浮いた。でも、なぜか消せない違和感が残る。


「記念にね」


その一文が、ただの思いつきには、どうしても見えなかった。


まるで…今しか残せないものを、無理やり形にしようとしている…そんな焦りが、画面の向こうから、じわりと滲んでくるようだった。


私は、いつの間にか椅子の背にもたれて、天井を見上げていた。


……厄介だ。

あの先輩に続いて、今度は、病室から。


とんでもない風を、こちらに投げ込んでくる人がいるらしい。

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