ティアーデ ~狂乱の都市~
紅零四
1-0.序幕
“アドレア大陸”。
他の大陸の住人からは“新大陸”、“南大陸”などと称されるその大陸の南部には“五大湖”と呼ばれる地域が存在する。
その名の通り五つの大きな湖を中心とした地域で大陸南部の中央から西岸へと連なっている。
かつては自然豊かな美しい土地であったが現在は湖や河川を利用した水運が盛んで数多の船が行き交う程に賑わっており大陸の経済成長を支える一大経済圏を築きつつある。
そんな五大湖の一つセントラ湖とプラトル湖を結ぶバラロイト川を星光だけが頼りの暗い夜に一隻の貨物船が上流を目指して進んでいた。
『こちら機関室!侵入者の勢い止まず!大至急援軍をくれ!!』
『第二貨物区です!死傷者多数、直ちに支援を求めます!』
貨物船の船内は喧騒に包まれていた。
操舵室で険しい表情をしている船長の下に伝声管越しに各部署からの悲鳴の様な報告が聞こえて来る。
いつの間にか遠くに聞こえていた銃声や金属同士がぶつかり合う戦闘音も近くなっている。
船は積み荷を五大湖沿岸のある都市に向けて輸送している最中であった。
しかし、暗い夜に難所として知られるバラロイト川を航行していることを思えば積み荷が後ろ暗いものであろうことが想像出来る。
そんな積み荷を狙ってか、それとも貨物船の敵対組織によるものか或いは単なる海賊行為によるものか。
暗闇に紛れて航行していた所を同じく暗闇に紛れて何者かに乗り込まれてしまい船内は戦場と化していた。
侵入者の数は不明。
明らかなことは武装している上に明確な敵意或いは殺意を持っていることだけ。
貨物船には屈強且つ優秀な“護衛”が乗り込んでいたがそれらが圧倒される程に厄介な相手らしい。
状況はかなり悪かった。
「船長、二人を連れてきました」
重苦しい雰囲気の操舵室へ三人の船員が入って来た。
三人とも鰭耳と呼ばれる特徴的な耳を持っている
報告した女性の隣で男女二人が無言で姿勢を正す。
「ご苦労」
まずは労いの言葉を掛けた船長は緑色の肌と筋肉質な身体が特徴的な
他に操舵室内にいるのは身体的特徴が特にない種族である
この世界には他にも
それでも多くの国が二つから四つ程度の種族で構成されることが多い中、アドレア大陸唯一の国家である“アドレア連邦”は北のウェスタビア王国と共に“多種族国家”として知られている。
難民同士が互いに身を寄せ合った歴史によるものであるが、この場に
「知っての通り何者かの襲撃を受けていて状況はかなり悪い・・・君たち二人には第四貨物区にある“特級貨物”を持って船を降り、何としても目的地のバラロイトまで運んでもらいたい。急いで取り掛かってくれ」
「「了解しました」」
軍隊であれば敬礼でもしたであろうがこの船はあくまで民間船である。
二人は船長の言葉に応じるとすぐに背を向けて操舵室を後にした。
「貨物を持って船を降りろなんてな・・・仲間を見捨ててまでする重要なことなのか?」
「重要だからアタシたちが命じられたんでしょ。疑問を抱くのはアンタの自由だけど、船長が言った通り急がないと」
遠くに銃声を聞きながら早足に歩を進めていると
それに対し
貨物船は
だがそれらの貨物区とは別に貴重品など手で持ち運べる様な重要物を保管する第四貨物区と呼ばれる場所が
この様な構造の船は珍しくそれだけでこの船が特殊な存在であると言えるだろう。
船員たちからは“第四貨物区の所為で居住区が狭くなった”と冗談めかして囁かれていたが。
その第四貨物区に保管される特急貨物を船外へ持ち出せと言うのだから船内の状況は相当危うい。
特急貨物であるのだからとても重要なものだと言う事は容易に想像できる。
だが仲間を見捨てる行為だと感じた男性は納得出来ない様子だった。
一方、女性の方は素直に指示に従っていたがそれは戦場と化したこの船から脱出出来ることに対する安堵も理由にあった。
勿論、重要物を持って逃げる以上は責任重大であるし襲撃者たちに追われる可能性も十分にある訳だが、ここに留まるよりは生き残る可能性が高くなると彼女は判断していた。
何よりもこんな指示が出されたことがこの船の状況が“手遅れ”なのではないかと彼女は察していた。
途中、何度か他の船員たちとすれ違いながらも二人は第四貨物区へと辿り着いた。
船員たちが“番人”と呼ぶ第四貨物区の警備を行う
その番人たちに船長の指示で来たことを告げると既に伝声管或いは伝令を受けていたらしくすんなりと通してくれた。
厳重な二重扉を抜けた先に二つの“箱”があった。
一つは書類鞄の様に平たい長方形の茶色の箱。
もう一つは正方形で人の頭より一回り大きいくらいの黒色の箱だった。
どうやらこれらが特急貨物らしい。
「どっちを持つ?」
「くだらないこと言ってないでさっさと行くよ」
男性の問い掛けに女性は冷たく応じると先に長方形の茶色の箱を手に取った。
それを見て男性は苦笑を浮かべながら正方形の黒色の箱を手に取った。
女性が茶色の箱を手に取ったのは形状からこちらの方が軽いのではないかと思ったからだ。
中身は不明だが実際に軽かった為、彼女の見立ては正しかったと言えるだろう。
一方の黒色の箱は意外と重かったので男性は思わず溜息を吐いた。
だが“早くしてよ”と女性に急かされ早足で彼女の後を追った。
二人が移動を開始するとその後ろに“番人”たちが続いた。
どうやら“箱”を守る為に脱出するまで護衛してくれるらしい。
「これ、防水仕様なのかな?」
「知らないよそんなこと」
「やれやれ・・・」
“番人”たちに聞こえない様に小声で水人族の男性が問いかけ再び女性に冷たく返されたその時。
船体が揺れたかと思うと大きな音と共に水人族の男性が後ろから衝撃を受けて吹き飛ばされてしまう。
彼が起き上がり振り返ると船が大きく破壊され、水人族の女性は崩壊し変形した通路の下敷きになっていた。
通路の向こう側にいた筈の“番人”たちの姿は見えず、崩壊した船体と複数の火の手が見えるだけだった。
先程の振動と衝撃、大きな音、そしてこの有り様から船内で大きな爆発が生じたのだとわかった。
「おい!」
「い、良いから・・・はや、く・・・!」
水人族の男性が女性に駆け寄ると彼女が持っていた長方形の茶色の箱を渡された。
それでも男性は彼女を助けようと覆いかぶさった船体構造物の破片を取り除こうとするが動かなかった。
助けを呼びに行くと声を掛けようとして床に血溜まりが出来ており、彼女が既に息をしていないことに気づく。
水人族の男性は込み上げる感情を必死に抑えながら彼女から託された“箱”を手に取り、二つの“箱”を持って船外を目指した。
所々壊れた船内を何とか通り抜けてようやく舷側に出た彼が一息吐いたその時、二度目の爆発が生じた。
その爆発によって彼は空中に吹き飛ばされ、その勢いで二つの“箱”が手から離れて宙を舞う。
「くっそがあああぁぁぁっ!!」
彼の叫び声は虚しく響く事も無く爆音に消され“箱”は二つとも彼とは離れた水面へと落下した。
思わぬ形で水に飛び込むこととなったがそこは水中活動が得意な水人族。
すぐに体勢を整えたが違和感があった。
吹き飛ばされた時に手足に火傷や切り傷を負っていたらしい。
それでも何とか“箱”の下へ向かおうとする。
だがそこに崩れた船体が降りかかり彼はその下敷きになってしまった。
水中での活動を得意とし息が長い水人族とはいえ負傷した状態で必死に泳いだ彼に船の瓦礫を退ける力は残っておらず。
この世界特有の“魔力使い”ならば魔力を用いた身体強化で逃れることも出来たかもしれないが、残念ながら彼は魔力使いではなかった。
藻掻き苦しみながらも必死に伸ばした手はどちらの“箱”に届くことも無く。
彼は瓦礫と共に川底へと沈んで行った。
一方の“箱”はどうなったのか。
少なくとも一つは水面に浮かび上がると波に揺られて船から離れていく。
それは最初に女性が手に取った書類鞄の様な形をした茶色の箱だった。
それに対し男性が手に取った四角い箱の姿は見当たらず。
茶色の箱だけが近くの岸に流れ着いた。
翌朝。
船が沈んだ周囲には治安機関や行政当局の船舶などがやってきて現場検証を行っていた。
沿岸部にも人がいたが多くは治安当局などの関係者ではなく漂流物目当てにやってきた地元民であった。
勿論、回収した漂流物を遺族に提供する見返りに謝礼を頂こうなどと言う訳ではなく独自に売り捌くのが目的だ。
「特にこれといったモンはないっすねぇ」
「だなぁ・・・あんだけ派手に爆発したんなら積み荷がそれなりに流出してると思ったんだがなぁ」
「そもそも流出してここまで流れてくるような積み荷じゃなかったんじゃないんすか?」
「かもなぁ」
細長い耳に黒い肌の
余所者に横取りされまいと仲間たちと手分けして“お宝探し”に来た彼女たちであったが成果は芳しくなかった。
せめて手ぶらで帰ることだけは避けたい。
そう思いながら小人族の女性が瓦礫の一つを退かしたが何もなくて溜息を吐いた。
しかし、その場を離れようとして奥の水草に隠れている何かを見つけた。
「・・・お?なんだこりゃ?」
「茶色の書類鞄っぽい・・・とにかく“箱”っすかね?」
「みたいだなぁ・・・なんだこれ、開かないぞ」
「え?って言うかなんか鍵穴ありません?・・・それ、めっちゃ重要ってことじゃ?」
二人を顔を見合わせると笑みを浮かべた。
鍵付きともなれば重要物が入っているに違いない。
高価なモノが入っているかもしれないしそうでなくとも情報として取引すれば良い金になるだろう。
或いは持ち主に返却する代わりとして謝礼をせびることだって出来る筈だ。
「よし、帰っぞ!」
「はいっす!」
小人族の女性が“箱”を持ち上げ歩き出すと黒霊族の女性が続いた。
こうして“箱”の一つは回収され、彼女たちが暮らす街バラロイトへと持ち込まれた。
狂乱の第一幕。
“箱”を巡る騒動の始まりである。
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