未完成悪魔機械化事典 輪転々

蔦葛

未完成悪魔機械化事典 輪転々


指輪を落とした。



趣味の登山の途中、柔らかい地面に足を取られ、転んでしまった。


その拍子に、指輪が滑り落ち、そのまま転がっていった。



「まっ・・・待て」



転がる転がる、指輪を見失わないように必死に駆け降りる。


山の傾斜はそこまでキツくない。観光客も大勢来る緩やかな山だ。


なのにどこまでも転がっていく。


その時、フッと指輪が消える。 見失ったか? いや・・・、これは、


穴だ。


穴が開いている。拳一つほどの穴。


「おいおいウソだろ・・・」


モグラ?アナグマ?オケラ?穴に落ちたらどうにもならんぞ。


「まったく・・・」


穴を覗く。


「ん?」


何も見えない。さらに顔を近づける。


すると、地面が傾くような感覚。このままでは転ぶ。と思った瞬間、


地面が消えた。


いや、落ちてる。どうなっている。


「うおおおおおおおおおお」


もがくが何も触れない。上を見ても下を見ても真っ暗で、何も見えない。


夢?夢を見ているのか?いや、夢じゃない。この風の冷たさ。現実だ。


三回転、四回転ほどした後、突然落下が止まり、暗闇が消え、景色が見えるようになり、地面にぶつかった。


「うげっ」


顔を上げる。さっきは夢じゃないと思ったが、夢かもしれない。


一面に広がるひまわり畑。明るいのに満点の夜空。そこにポツンと小屋が一つ。


幻覚ではない。ひまわりには触れる。本物だ。


あまりの非現実的空間、シュルレアリスムの絵のような世界。


後ろを振り向いても何もない、穴から落ちてきたはずだが、その穴も見当たらない。


呆然と立ち尽くしていても何も起きない。


選択肢はほかにない。歩いて小屋に向かう。




小屋、日本昔話に出てきそうな、木でできた古風な三角屋根の小屋。


・・・こんな状況にある小屋、入りたくない。


しかしもう選択肢がほかにないので、戸を叩く。


コンコン


「もしもし、すみません。誰かいますか」


・・・返事はない。


引き戸を開ける。


ごらごらごらと木の擦れる音が響く。




「・・・」


囲炉裏、鍋、灰、胡坐をかいた褐色の女。


あまりにも突拍子のない、支離滅裂な状況に、頭がくらくらする。


呑まれている。この状況に完全に飲まれている。


女が指輪を持っていることに気づく。


深呼吸を、二回。この状況に呑まれないように、調子を整える。


脳に強い負荷がかかると、思考力が落ちる。それを自覚したうえで、


今最も必要な発言を考えだす。


「その指輪は、俺のだ。俺が作ったものだ。返してくれ。」


この女が誰かもわからない。ここがどこかもわからない。


その中で、最も言うべきこと。


女が答える。


「この指輪、気に入った。褒美に何が欲しい?」


「ダメだ。渡さない。」


「ここから帰りたく無いのか?」


「お前は誰だ?なんなんだここは」


「私の名はマスターメビウス。悪魔だ。」


本当に頭が痛くなってきた。


状況から言えば、悪魔が出てきたっておかしくない。


が、だよ。だけどそれをそのまま認めて受け入れられるほど俺は子供じゃない。



「私は今、追われる立場だ。隠れるためにここを作った。」


「誰から?」


「私は悪魔からも追われる悪魔なのさ。」


悪魔ってだけでも面倒なのに、さらに面倒な奴ってことなのか。


「そこにこの指輪が転がってきた。」


悪魔は手から金の粒をじゃらじゃらと生み出す。


「宝石が良いか?」


今度は大粒の緑の宝石、赤い宝石、青い宝石、恐らくオパールと思われる石まで出してきた。


心臓が脈動を打つように、それらの山が、自ら増殖して大きくなっていく。


「好きなだけ持っていくが良い。」


悪魔は、その山には目をくれず、俺の指輪を見つめている。


「なぜだ、その指輪は、俺が作ったものだ。自分で言うのもなんだが、価値といえば、その金の重量にしかならない。何の評価もされてないモノだ」


「ならば、なぜお前は執着する?」


「それは、俺が、職人になると決めたとき、初めて作った作品だからだ。」


「彫金師か」


「だからそれを金で渡すことは、魂を売り渡すことと同じだ。欲しいなら俺を殺して奪え悪魔よ。」


「私がこの指輪に質量を感じだのはそこだよ。お前のその執着。それが指輪に質量を与えている。」


「質量?」


「私はな、人間を…愛している。好きなんだ。ファンなんだよ。」


「悪魔が?」


「そうさ。理性と本能、個人と社会、悪と正義、そして虚栄心、自らの本質に振り回される、か弱く卑しい、善良で邪悪な生き物。それが生み出す音、文字、絵、文化と呼ばれるものすべて。

私は人間を、人間が生み出すもの、人間の感情が好きなんだよ。

だから私は、人を殺さない。死んでしまっては何も生み出せなくなるからな。」


座っている悪魔の頭の高さにまで増えた金銀財宝に、悪魔は寝っ転がる。

まるで、映画を見るような、俺が次に何を言うか楽しみにしているような、

そんなくつろいで楽しんでる表情だ。


「わかった、その指輪は、お前にやろう。」


「は!聞きたい。聞きたいぞ。なぜ心変わりをしたか、私は聞きたい。」


悪魔は無邪気な好奇心で俺の顔を覗き込む。


「・・・俺も同じ考えだからだ。俺は芸術家だ。

もし、死んだ人間が、世界で唯一、俺の作品を真に理解する人間だったら、と思うと、ぞっとするからだ。」


「続けろ」



「俺を、俺の作品を理解するのであれば、お前が悪魔だとしても、俺の作品を、譲ってやっても良い。と思ったからだ。」



「は!考えを変える!それだよ!悪魔も天使も頑なな奴が多くてね、私は人間のそういうところが好きだ。


よし、お前、私を抱いていいぞ。」



「・・・は?」



「不満か?私の姿は、この世で最も美しい人間の女よりも美しい姿に創造してあるぞ?」


「いや・・・確かにお前の姿形は美しいが・・・いや・・・もう地上に返してくれないか・・・」


疲れた。これは本当に真実だ。今ここではっきりと言える真実。


「なんだ、つまらん。ほら、さっさと帰れ。」


地面に穴が開き、また落ちる。


気が付くと、朝日が上る山の頂上だった。夢だったか、と思ったが、手には指輪が無い。代わりに悪魔が身に着けていた金の腕輪が手に握られていた。


悪魔と出会った不思議な体験。


この経験を作品にするのは、大変だぞ。と男は独り言を言い、山を下りるのであった。

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未完成悪魔機械化事典 輪転々 蔦葛 @tutakazura000

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