異世界無限ガシャ

亜菜 三丁

人生終了

「松本明日人。あなたは事故に遭いお亡くなりになりました」

「……は?」


 訳がわからなかった。

 いきなり真っ白な空間で、目の前の金髪の女性にそれだけ言われた。


「いや、え? なに、ドッキリですか?」

「ドッキリではございません。あなたは覚えていないのですか?」

「そう言われても……あ」


 思い出した。

 ちょうど高校の帰り、横断歩道を渡っていた時だったか。

 左から車の音が近づいてきて、そっちを向いた時にはすでにそれは目の前にあって……。


「死んだ……? いや、じゃあこの体は、そのままじゃん。夢ですよね。多分起きたら知らない天井ですよね」

「見ます?」

「……何を」


 女性と俺を挟んで、映像が宙に映し出された。

 その映像には知っている顔がちらほらとあった。


「お母さんだ。……なにこれ」

「葬式です」

「……あ?」


 信じられず、画面に張り付くようにキレ気味で答えていた。

 監視カメラのような俯瞰の映像だった。俯いた親の姿があって、あ、悠人だ。他にも同じクラスの友達らしき後ろ姿もある。

 なんで学校の制服でこんなに集まってるんだろう。などと考えていたが、自分の手はずっと震えている。

 皆んなが見ている先の写真に、見たくない顔が写っていたのだから。


「俺……?」

「葬式です。あなたが死んで数日経過しています。ほら、写真の近くに見えるでしょう?」

「見えません……!」

「あります」

「見えませんよそんなの!」


 写真のすぐ下、棺桶から小さく顔を出しているのは、間違いなく自分のものだった。信じたくなどなかった。


「お母さん! 俺だよ! ねぇ! 悠人!」

「声は届きませんよ。あなたにはお願いしたいことがあるのです」

「さっきからなんなんすかアンタは!」


 こんな真っ白な部屋にいたら頭がおかしくなりそうだった。

 悪い夢なら早く覚めてほしい。

 なのに、感じているもの全てが現実のようで、この涙の湿り気が夢を否定しているようにも思えた。


「これは申し遅れました。私は、パラレルワールドを繋ぐ管理人を務めております。天使とお呼びください」

「天使? もうちょっといい名前あるでしょう。なんすか。早く家に帰りたいんですけど」


 意味のわからないイライラが募って仕方がない。

 我ながら日頃人に向けることのない言動ばかりで驚いていた。


「明日人さん。落ち着いて聞いてください。あなたは交通事故で死亡し、今は世界の狭間に立っています」

「……はあ」


 怒り疲れた俺はその場でしゃがみ込んで、天使の話を聞いていた。


「あなたにはとある異世界で暮らしていただきたいのです」

「なんで」

「神による慈善活動のようなものです。亡くなった若い方々に向け、幾千ものパラレルワールド__もしもの世界での新しい生活を提供しています」


 胡散臭い。慈善活動というものをあまり信用していない、いわゆるZ世代とか言われる人間の一人だ。

 特に天使さんの張り付いた営業スマイルのようなものが気に入らない。


「胡散臭い話ですね。自殺した人とかもこうなるんですか?」

「ええ、この世界での生活から逃げた方々には特に好評なんですよ。世界によってはスキル特典もございますので」

「スキル?」

「はい。例えばそうですね。魔王が支配するファンタジーな世界では、特殊な剣と超強力なソードスキルをお渡ししています!」


 俺が話を聞くようになってから営業スマイルがより輝いて見える気がする。テンションが高い。


「他には__」

「じゃあこの世界に送り直してください。俺みたいに不本意に死んだ人もいるでしょう?」

「それはできません。それよりあなた、天使に対して随分失礼ではなくて?」

「失礼で悪いですか。人の感情を逆撫でしておいて……異世界に送れるってんなら融通きかせてくださいよ」

「その場合は輪廻転生の形になりますので、記憶もその体も全てリセットしていただくことになりますが」

「上位存在面して不器用な……」


 吐き捨てた言葉に構うこともなく、天使は淡々と言葉を続ける。


「後がつかえているんです。どんな世界に行きたいですか?」

「だああもう、なんでもいいですよ」

「ならスキルは?」

「ええ?」


 スキルと言われても、パッとなにかが思いつくわけがない。

 後がつかえていると言われて、少しだけ申し訳ない気持ちになっていたからか、しばらく頭を悩ませたのち、ふと友人との間で流行っているソシャゲが思いついた。


「じゃあ、ガシャ……そう、スキルガシャで」

「スキルガシャですか。わかりました。それでは、ちょうど良い異世界も見つけたので、お送りします。いってらっしゃいませ」


 そう言われて、意識が一瞬にして遠のいた。

 次に目が覚めると、知らない空が広がっていた。

 鳥が飛び交い、視界の端には木々が見える。


「いった……夢だったかな」


 寝起きのような重苦しい上半身を起こす。

 周りは木々に囲まれており、ちょうどその一本道の上で寝ていたようだった。


「……ん?」


 脳に入ってくる情報に、落ち着きを感じられない。

 普段見慣れないような植生とでもいうべきか、日本らしい感じがしなかった。


「本当に異世界に来ちゃったの?」


 もしや海外ではとも思ったが、それはそれで不安だ。

 というか、いきなりこんな知らない場所に放り出されては、どこでも不安だ。

 とにかくマップを開__


「スマホ!?」


 制服のポケットに入れていたはずのスマホがない。

 そういえば学校の行き帰りに使っていたリュックもない。


「アイツマジで……」


 あのアホ天使は手ぶらで放り投げたのか。などと天に向かって叫びそうになったその時、よく見ると足元に何かが転がっていた。


「これか?」


 落ちていたのは、とても日本では売っていないような袋だった。麻袋とでもいうのか。中を見てみるが何も入っていない。


「ふざっけんなよ……」


 ずっとグチグチと言っている自覚はあった。

 しかし18歳の一応成人程度の人間がこんなことに巻き込まれてひとりぼっちでは、何の気すらも湧いてこない。


「はぁ」


 なんだかやる気がなくなって、硬い地面に寝そべった。

 俺はどうしてこんな世界で生きているんだろう。

 意識があって、風を感じて、鳥の囀りも聞こえる。

 二度と家には帰れないのに、二度とチャーハンも食えないのに。


「はあああ…………」


 このままもう一度死ねば、ワンチャンあっちに帰れないか?

 肉体だってそのままだ。記憶も引き継ぎ思考にも揺らぎはない。おそらく脳機能だって変わっていないんだ。

 なら、ここで死んでまた新品の体で復活できるかもしれない。けど、


「お腹空いた……」


 生物としての生存本能がそれを許すのか。

 お腹は空くし、眠気もある。

 このまま黙って死ぬよりかは、少しは動いてこの魔法があるらしい世界を歩いて死のう。

 車に撥ねられた時みたいに即死できたら嬉しいな。なんて事を考えていると、ふと青い空から何かが落ちてきた。

 ひらひらと落ちてくるカードのようなものを読むと、一言、『ガシャを念じろ』とだけ書いてあった。


「天使さんが見てんのか?」


 試しにガシャを念じた。


「うわっ」


 驚くべきことに、目の前に画面が浮き上がった。

 まるでソシャゲのガシャ画面のように、右上には所持通貨、中心にはデカデカと『プレミアムスキルガシャ』と表示されていた。


「初回無料って、そもそも何使って引くガシャなんだよ」


 一回だけ引ける単発ガシャと、初回無料と表示された十連ガシャがあった。

 普通のガシャと違うのは、出現するスキルの個別確率や特定情報うんたらといった詳細な表示がないこと。

 無法も無法のガシャである。


「とりあえず引くか」


 何となく浮かんだ画面に触れるとタッチパネルのように操作できた。

 十連ガシャのボタンを押し、一言断りを置くウィンドウからさらにもうワンタップ。

 演出が挟まり出てきたのが、これだった。


 火炎弾

 鉄腕

 衝撃波

 超健康

 自動回復

 隔離攻撃

 虚数演算

 水鉄砲

 ステータスオープン

 魔力上昇


 ちょっとよくわからない。

 レアリティの概念がないのか、同じUIデザインの中に文字列が表示され、『ステータスオープン』に至っては長い名前故か圧縮されて押し込まれていた。


「……で?」


 そもそもスキルとはなんなのかと、画面の下部にあったスキル一覧をタップして覗く。すると二種類の枠で区切られていた。

 どうやらスキルにはパッシブスキルとアクティブスキルが存在するらしい。


「パッシブは常時発動ってことでいいのかな。……超健康に自動回復かぁ」


 ちょうどさっき死にたいなんて思っていた矢先にこれだ。健康とはどういう状態の事を指すのか、回復とはどれほどの回復なのか、そもそも何をもって回復とするのかとか、色々思うところはあったが、それ以外のスキルにも目を通す。


「隔離攻撃……虚数演算……。よー分からんスキルを。火炎弾使うか」


 アクティブスキル一覧に載ったよく分からない名前にも目を通し、ついでに火炎弾を試す事に。


「森が燃えたら……いやいいや。どうせ知らん世界だし」


 異世界だかなんだか知らないが、心の虚無は変わらずそこにあった。

 手のひらを正面に向けて、狙いは目の前の木。


「アクティブスキル……は」


 使い方がわからないなりに、頭で火炎弾と念じてみた。

 すると手のひらに確かな温度が伝わってくる。


「おお」


 赤い炎が手の中で膨れ上がってくる。

 ここで初めてファンタジーな気分になって、少しだけテンションが上がった。

 このまま発射を念じた瞬間、その指令通りに火球が手から弾けて飛んだ。


 ドカン。と命中した火球が爆発を起こし、そのリアルな温度や衝撃が肌を撫でた。


「けっこう派手だなぁ。あ、そうだ」


 自分の顔面にでも当てれば即死できるんじゃないかと考え、手のひらを向けて念じたが、徐々に熱を帯びるとともに手が震えてきた。


「……自分でやるってのは違うな」


 自殺したいわけではないのだ。

 いきなり事故にあって、死の恐怖を感じる隙もなく死んでいる。そんなものを望んでいた。

 元々死ぬ予定なんてなかったのだから、この手段は体が拒否して取れそうになかった。


「……あ」


 火炎弾が当たって燃えていた木なのだが、案の定他の木に燃え移って火が大きくなり始めていた。

 天使の話を真に受けるなら、この火も多分現実なのだろう。ちゃんと燃え広がる様を見て、ようやく肌が現実味を感じ始めていた。


「逃げるか」


 燃える木に背を向けてかけ始める。

 一本道を進み続けること数十分。特に他の生き物に遭遇する事なく森の終わりが見えてきた。


「夜になんのかねぇ」


 日が落ちてきたのかあたりが暗くなってきており、どこか閉鎖的な空間に居座りたいと思うようになった。

 急いで森を出ると、広い平原が見事に広がる。

 日常ではまず見れなかったような大自然の景色。モンゴルを征く遊牧民でもいそうな、海外の雰囲気だ。


「空気が美味いってこういうことか」


 大きく息を吸い、若干の煙たさを感じているのにそんな感想が出た。

 どこに行こうか考えた後、平原に壁を作るかのように伸びた崖に向かって駆け出した。


「ここでいいや」


 崖沿いに行くと岩の窪みを見つけて、寄ってみると洞窟になっているのがわかった。

 先が暗くて何も見えないが、音の響きや冷たい空気の流れは素人の感覚からしても確かだった。


「はぁ……」


 麻袋を枕にして寝っ転がると、落ち着きを取り戻すと同時に森で目覚めた時と同じような虚無感が襲ってきた。

 今この場にいる感覚は本物なのか。いまだにはっきりとしないこの現状。夢なら覚めてくれと思うが、それにしては感じているものが現実的すぎる。

 こうやって考えていると尚更疲れてくるので、横になってスマホを覗くようにガシャ画面を開いてみる。


「……あれ?」


 そのガシャ画面は確かに森で開いた時と同じだった。

 しかし、おかしい。10連ガシャの欄がまた無料になっている。

 試しにもう一度引こうとすると、引けてしまった。


 無我夢中

 ウィンドアロー

 ネメシスカウンター

 スーパーアーマー

 空間断層

 渾然一体の光

 マジェスティックハレーション

 巨大化

 威圧的な戦闘

 がんじょう


 統一感のない排出スキルに目を細めながら、またガシャの画面に戻ってきたが、やはり10連は無料のままだ。


「ヤバいなこれ」


 そう思いつつ、スキルの効果を実感していないので、また回す。

 なんど繰り返しても、スキルは被る事なく新しい名前のものが排出されていく。

 無心でガシャを回し続ける姿は、SNSや縦持ち動画で時間を溶かす感覚に近い。

 いつのまにか燃え盛っていた森の明るささえ忘れて、ひたすらにガシャを引き続け、日が上るまで続いた。


 もはや、自分がどんなスキルを持っているかなど、確認すら面倒になった。

 いつの間にか肉体は人の体をやめ、空腹も眠気もない。

 それどころか、死という概念すら自動回復系のスキルの積み重ねで遠のいていた。


 なんかもう、どうでも良くなってしまった。

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