すき焼き弁当

 帰り道、最終日の弁当は何が良いだろうかと考えた。今までいろんな弁当を作ってきたが、今回はマリーの快気祝い。俺の弁当屋最後の仕事でもあるわけだし、今までとは違う、特別なものにしたかった。

 最初は思い当たらなかったが、スーパーの精肉売り場でピンときた。特別な日と言えば、すき焼きだ! すき焼き弁当にしよう。ちょうど正月の時期で、良い肉が並んでおり、一緒にすき焼きのタレも並べて売られていた。

 まずは、タレのボトルを手に取り、ラベルのレシピを確認する。四人前の材料。牛肉500グラム、長ネギ、シメジ、豆腐等々……そして、タレはボトル半分。

 今回つくるのは十人前だが、簡単のため、肉以外の材料は三倍して十二人前とする。一通り頭の中にメモして、ボトルを買い物かごに入れた。

 世の中には、出来合いのタレを使うのは手抜きだという派閥もあろうが、個人的にはそうは思わない。この食にうるさい日本という国で、「すき焼きのタレといえば」と広く認知されるために、メーカーがどれだけの企業努力をしてきたことか。

 その努力に、シロウトの手作りレシピで太刀打ちできるわけがない。実際、この国には、餅は餅屋ということわざもある。

 続いて、スマホで『すき焼き弁当 レシピ』と検索。ボトルのレシピは作ったその場で食べる想定のはずで、弁当化するにあたり、何か不都合がないとも限らないからだ。

 検索上位のレシピを確認すると、案の定、豆腐は崩れやすいから厚揚げに変える、汁が漏れないよう片栗粉でとろみ付けをする、牛肉は目立つよう最後に盛りつける、紅ショウガの赤で華やかさを添えるといった、ありがたいアドバイスが見つかった。

 最後は、顧客に合わせてカスタマイズ。春菊は、タレのボトルにもネットレシピにも記載のある定番具材だが、ほうれん草への微妙な反応を考慮し、今回は選外。代わりに玉ねぎを入れよう。

 よし、必要な食材は決まった。あとは買うだけだ。

 思い切って、自分用なら絶対に買わない、和牛すき焼き肉を手に取った。一パック五枚入り200グラムで980円。六パック買って、一人三枚ずつにすればちょうどいい。

 野菜類や厚揚げ、しらたきなども追加し、買い物を終えた。

 鼻歌が混じりそうなほどの浮かれ気分で、アパートに戻った。米三合を仕込み、身の回りのことを済ませた。布団にもぐって、脳内で調理手順を何度もシミュレートしながら寝落ちした。


 朝起きて、ようやく気づいた。やらかした!

 昨日まで、俺は毎朝十一個の弁当を作っていた。内訳は、組合の注文が九個で、俺とヒナのまかないが二個だ。

 そのため、主菜は十人前用意し、注文分に九人前を使用、残った一人前を俺とヒナで折半するという運用にしていた。

 おかずが半分に減る代わり、ヒナの弁当には、彼が好きな米飯を多めにし、卵焼きをひと切れ余分につけた。そもそも、ヒナは商売人の子であり、まかないが商品に比べ見劣りするのは当然のことだと理解していた。この一週間は、何も問題なかった。

 ところが、最終日の今日に限って、事情が変わった。マリーが回復したため、今日の注文は、弁当十人前。俺は何も考えず、昨日までと同じく十人前の主菜――和牛すき焼き肉――を用意したわけだが、それらはすべて、配達分で消費されてしまう。

 つまり、俺とヒナには肉がない。俺は別に肉なしでも構わないが、ヒナにとっても、これは俺との最後の仕事だ。思い出に残る一品を、肉なしすき焼き弁当にするわけにはいかない!

「………………」

 落ち着け。どうすればいいか考えよう。まず、現状の問題は何だ。すき焼き肉五枚入り六パック、しめて30枚を、11人で綺麗に割る方法がない。単純に割り算すれば一人2.7枚になるが、現実には、そんな切り方はできない。

 しかし、もしこれが、米飯の話であればどうだろう。全員から少しずつ分けてもらうことで、簡単に十人前を十一人前にできる。

 要するに、本問題の本質は、肉の枚数が少なく、割り算する際の融通が利かないことだ。だったら、枚数を増やせばいい。せっかくの良い肉を細切れにするのはもったいないが、仕方ない。

 シミュレートしてみよう。二等分して、60枚。11で割って、一人5.5枚。これじゃダメだ。肉の大きさが不揃いになってしまう。では、三等分して、90枚に増やしたら? 一人8.2枚。こちらは、何とかなりそうな数字だった。

 よし、決めた。30枚の肉を三等分して、90枚に増やす。注文分には八枚ずつ入れ、計80枚を消費。残りの10枚を、俺とヒナのまかないにする。なんだ。だったら、ヒナに八枚、俺は二枚で十分だ。よかった、なんとかなった!

 ほっと胸をなでおろし、調理を始めた。

 しかしまあ、考えてみると、異世界の人たちには、箸を使う文化がないわけだ。初日に行ったレストランでは、金属製のスプーン、フォーク、ナイフなどを使っていたが、皿の上のステーキ肉ならまだしも、米飯の上のすき焼き肉は、ナイフでは切れない。あまりに肉が大きいと、スプーンやフォークでは取りづらく、食べにくいかもしれない。

 つまり、細切れにすることには、食べやすさという、十分なメリットがあるじゃないか。これならば、むしろ仕様だと言い切っていい。

「~~~~♪」

 ネットレシピのアドバイス通り、まずは野菜その他をバランスよく盛りつけ、手前に空けたスペースに和牛を詰めていった。アクセントに紅ショウガを載せれば、見た目も華やかになる。

 最後のタッパー返却時に、みんながどんな反応を返してくれるのか、楽しみで仕方がなかった。

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異世界弁当タッパー亭 アオイ @axtemiina

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