あなたが生まれた日
忍忍 @SAL室長
一月一日【スノードロップ】
01
花言葉は「希望」「慰め」「新しい始まり」
02
白い息が、夜の寒い空気に溶けていく。
ついさっき【去年】が終わり、今はもう【今年】が始まった。
「さっむ……今年の年末年始も仕事かぁ」
毎年、変わらなくなっていく日々に辟易しても、もうどうにかしようという気力も湧かない。
会社は年末だろうが年始だろうが、関係なくスタッフを招集し、仕事を与えてくる。
今だって、年が明けたばかりだというのにもう職場への道を歩いている。
それで薄給ときた。
「やってられないよなぁ……」
遠くで鐘の音が鳴っている。
百八の煩悩を取り払い、清らかな気持ちで新年を迎えるための音。
「ははっ、私には響かないよね。煩脳まみれだし」
街灯が照らす道に、静かに雪が舞い落ちる。
雪は好きじゃない。
寒いし、濡れるし、危ないから。
––にゃあ
ふと、足元に黒猫が駆け寄ってきた。
通勤する時に度々見かける子。
真っ黒の毛並みに白い雪が優しく降りかかる。
「お前もこんな寒い時に出歩いて……大変だね」
身を屈め、ゆっくりと手を伸ばす。
人懐っこいのか、私のことを覚えてくれていたのか。
黒猫はゴロゴロと喉を鳴らして甘えてくる。
「ふふっ可愛い。ごめんねもう行かなくちゃ」
立ち上がり、現実に向き合う。
仕事は仕事。
やらなくてはいけない。
––にゃあ
それでも黒猫は、足に尻尾を絡ませるように擦り寄って、終いには冷たい雪の上でお腹を見せて構ってとこちらを見上げてきた。
自分の可愛さを自覚しているタイプだ、この猫。
「いや、いやいやいやいや……待って待って。遊んであげたいけどさ、私今から仕事なんだよ?」
私は猫相手に何を言ってるんだろう。
こんなこと言っても伝わらないのに。
「はぁ……仕事行きたくないなぁ。こたつでまったりしてたいよ」
項垂れる私に、冷たい雪が容赦なく降りかかる。
私にも優しくしてくれないかな。
––にゃっ
黒猫は何かを思いついたように駆け出して、いなくなってしまった。
「うん、お前は自由なんだから。好きなように行きたいところに行きなね」
言って、気付いた。
私がずっと求めてた言葉。
白い息が、より一層夜を白く濁らせる。
「そっか、そうだよね。私もそうしていいんだよね」
かじかむ手でスマホを取り出して、ずっと放置していた留守電からリダイヤルをかける。
––プルルルル
––プルルルル
––はい、もしもし
「あ、えっと……あの、あそうです! はい、明けましておめでとうございます。連絡返せてなくてすみません。あ、いえそうじゃなくて……はい。私やってみようかなって思って……はい。あ、まだ辞めてないです。今日これから出勤なのでその時に話してみようと思ってます。はい、はい。え、いいんですか? はい! よろしくお願いします! はい、では失礼します」
スマホをコートのポッケに戻し、歩き始める。
ザクザクと音を立てて、私の足跡が私に続いていく。
ふと振り返ると、さっきの黒猫が少し離れた街頭の下で、姿勢良くこちらを見ていた。
「おーい! ありがとう! 私も好きに生きてみる!」
急に大声を出したせいか、らしくないことをしたせいか顔が熱い。
理由もわからないまま、私は会社への道を走った。
雪は好きじゃない。
「あは、あははははは……さっむい! ははっなんで私走ってんだろ!」
寒いし、濡れるし、危ないから。
「でも……あはは! 楽しいっ何これ?」
わけもわからないまま、笑いが込み上げてくる。
現状が何か変わったわけではない。
走る私の目に、白く濁った空はもう見えない。
吐き出す息を追い越し、また一歩を踏み出していく。
こういう感情をなんて言ったっけ。
私は、私のこれからの人生に期待してみようと思う。
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