男のロマン全部乗せ

eno

第1話:池田屋の夜、そして異変

■ 凱旋の後の雷鳴


元治元年六月五日、深夜。京都。


池田屋事件の激闘は終わった。

尊皇攘夷派を壊滅させた新選組は、勝利の熱を帯びたまま京の大路を歩いていた。


隊士たちの体からは湯気が立ち、

鉄と血の匂いが雨の前触れの空気に混じる。


その空気が変わったのは、一瞬だった。


ゴロゴロ……ドカァァン!!


天空を裂く雷鳴。

次いで、バケツをひっくり返したような豪雨が石畳を叩きつける。


「なんだこの雨は……! 急げ、濡れるぞ!」


土方歳三が声を張る。


だが――

一番隊組長・沖田総司だけが、足を止めていた。


---


■ 喀血と消失


「……総司?」


斎藤一が振り返る。

雨に打たれる沖田の背中は、小刻みに震えていた。


「ごほっ……う、えっ……!」


指の隙間から鮮やかな赤が溢れる。

雨に流されても、血は止まらない。


「総司ッ!」


土方が駆け寄り、崩れ落ちる沖田を抱きとめた。


「深手か!? 斬られたのか!」


「いえ……斬られては……おりま、せん……。ただ、胸が……」


その瞬間、世界が軋んだ。


バリバリバリバリッ!!


雷光が夜を真昼のように照らす。

だが、そこに浮かび上がったのは京の町並みではなかった。


すべてを飲み込む、漆黒の渦。


「総司を放すな! 俺たちが連れて帰るんだッ!」


土方の絶叫も虚しく、

彼らの足元から――地面が消えた。


---


■ 嵐が繋ぐ時代


同じ嵐が、別の時代でも吹き荒れていた。


――戦国・川中島。


武田信玄の本陣を暴風が吹き飛ばし、

上杉謙信の陣幕を白い閃光が貫く。


二人の英雄は、同時に闇へ飲み込まれた。


――巌流島へ向かう海路。


宮本武蔵の小舟を巨大な波が呑み込む。


「ほう……海が割れるか。面白え」


笑った次の瞬間、武蔵もまた光の中へ消えた。


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■ 昭和十九年・富士の樹海(新選組)


ドサッ……!


土方は受け身を取り、腕の中の沖田を庇って跳ね起きた。


「くそっ……ここはどこだ!?」


鬱蒼とした森。

黒い火山灰混じりの土。

京とは明らかに違う植生。


「副長! ご無事ですか!」


斎藤が草むらをかき分けて現れる。


稲光が走り、巨大な稜線を照らした。


「……あれは」


土方の目が見開かれる。


「富士だ」


---


■ 演習場(武田・上杉)


荒野。

銃声の代わりに、土を掘り返す音が響く。


「……甲斐の虎か」

「……越後の龍か」


互いを認めた瞬間、二人の視線は同時に一点へ向く。


雷光に照らされた霊峰・富士。


「我らが川中島から、一瞬で……ここへ?」


答えはない。

ただ、場所だけがわかった。


---


■ 轍の刻まれた道(宮本武蔵)


硬い砂利道。

巨大な轍。

油と焼けた鉄の匂い。


「なんだ、この獣の足跡は……」


武蔵は富士を見上げ、木刀を担ぐ。


「さて、ここは本当に俺の知ってる日本かねえ」


---


冷たい雨の下、

時代を異にする英雄たちは、同じ山を見上げていた。


ここは日本。

だが――


彼らはまだ知らない。


ここが、滅びの淵に立つ

昭和十九年であることを。


(第1話・了)


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