第12話
旅人から盗賊に転職すると、力と耐久が二減少し、敏捷と器用が一増加した。
レベル八から一への転職だからもう少し下がるかと思ったが、そういえば旅人は最初の職なだけあって基礎ステータスは最弱だった。
とはいえ、最重要の力が二も減少したのは大きな戦力減だ。新エリアに挑戦する前に、少しでもレベルを上げておきたい。
見上げれば頭上こそまだ夜のようだが、東の空が薄っすらと白んできている。明るくなるまではあと一時間前後だろうか。
それまでじゃがいもの種を集めがてらレベル上げしておくことになった。
「ほっ」
「えいっ」
俺がジャガイモ男爵を殴ってトドメを刺すと同時に、佐藤さんはくさアニマルを蹴り上げて倒したようだ。
やはりこのエリアは楽で良い。それぞれの魔物の特性も把握しているしすっかり慣れてしまった。
脅威となるのはじゃがいも男爵だけだし、それも今では不意打ちを受けなければ無傷で倒せる。
そんなぬるま湯のような環境に浸るのも、もう終わりにしなければならない。
「こんなもんか」
「うん。……いよいよだね」
盗賊のレベルが三に上がったところでレベル上げを打ち切る。力と頑丈は二上がったので転職前の水準に戻ったし、それ以外のステータスは転職前より強化されている。特に敏捷はさすが盗賊だけあって目覚ましい伸び方だ。
そして橋の所に戻るまでに、次のエリアの最終確認も済ませておく。
ファイアー小僧。ボロ布を落とす。<ファイアー>を一回だけ使える。<ファイアー>を撃ち終わると弱い。
森の妖精。薬草を落とす。妖精といってもフェアリー的なやつではなく、見た目は木のジジイ。薬草で仲間を癒す。
ダイコン怪人。ダイコンの種を落とす。ジャガイモ男爵より少しだけ強い。
巨大リス。低確率で毛皮を落とす。その名の通り、でかいリス。歯が恐い。
森の妖精という名の魔物が出ることからもわかるように、次のエリアには広い森が存在する。橋を渡ってしばらくは草原が続き、その先に森が広がるという構成だ。
森で<ファイアー>など撃ったら大変なことになると思うところだが、ゲームでは森にファイアー小僧は出てこない。そしてこれも当然だが、草原の方に森の妖精は出てこない。
つまり、草原にファイアー小僧とだいこんとリスが、森に森の妖精とだいこんとリスが出現するということになる。表面的には一つのエリアという区分だが、実態は二つのエリアを合わせたようなものとなっている。
「まずは草原でファイアー小僧を探して焚火だな。んで手持ちのジャガイモを全部焼いたら森で薬草集めだ」
「あと魔物を狩るなら畑も耕した方がいいかな?」
「何なら最初に畑……いや、先に焚火か」
「うん。わたし、実はそろそろ限界かも」
死んだことで前回の最後よりは多少マシにはなっていたが、ここまで歩いてきたことで限界が近くなっていることがわかる。先に農作業をしてしまえば、フラフラの状態でファイヤー小僧に焼き殺されてしまうだろう。
現在まともに動けているのも、あと少しでジャガイモパーティーが開催されることを信じているからこそだ。畑を耕すなどという余計な行動は後回しにしておきたかった。
「行くか」
そう言って、事前に集めておいた枯れ木の束を抱える。
じっくり焼くための太い木だけでなく、確実に着火するよう細い枝も完備してある。焚火の準備に抜かりは無い。
なお、この木の束を抱えて歩くのは非常に邪魔で面倒なのでインベントリに収納し、ファイアー小僧を見つけ次第取り出そうと思ったのだが、なんと木はインベントリに収納できなかった。
インベントリに入る物とそうでない物の差を佐藤さんと考察したところ、ゲーム内で木の棒というアイテムが存在しないからインベントリに入らないじゃないか、との結論に至った。
エリアを隔てる川は幅が三十メートルほどだろうか。橋は全く手入れがされておらず、汚れが多少目立つ。しかし造りは未だにしっかりしたもので、安心して渡ることができた。
「ファイアー小僧は……いないか」
新エリアに入って周囲を見渡すが、ファイアー小僧は見当たらない。ファイアー小僧は全体的に赤っぽい色をしているので、見落とすということはまず無いはずだ。見えないということはいないのだろう。
枯れて軽くなっているとはいえ、木の束を抱えて移動するのは面倒なので、さっさと出て来てほしいところだ。
「あっ。鈴木くん、大根」
佐藤さんが指差す方を見ると、そこにはじゃがいも男爵と同様に手足の生えた大根がてくてくと歩いている。だいこん怪人だ。一匹だけなので、新しい魔物と戦うには絶好の機会だろう。
しかし、そのためには抱えた枯れ木を置いて、倒した後にまた抱え直さなくてはならない。
「うーん……やるか? いや、でもなあ……」
「やるよ、鈴木くん。植えよう」
「お、おう」
佐藤さんは既に大根を食う気だ。ファイアー小僧が見当たらないので、まずは保険として最低限の食糧を確保したいのだろう。
抱えていた木を下ろしてだいこん怪人の元へ向かう。まずは対じゃがいも用のフォーメーションで様子見だ。
このフォーメーションは、敵がどちらを狙っているのかを早く判断するために、お互いの距離をある程度空けるというものだ。
そうすることで狙われなかった方が速やかに敵の背後を取るために動けるようになる、というメリットを主眼に置いた戦術である。
「むっ、もう気付いたか。割と索敵範囲が広いな」
だいこん怪人はこちらに気付くと、それまでの呑気な歩き方から一転。ピョンピョンと軽快に飛び跳ねながら近寄ってきた。
「な、なんだあれは」
遠くて正確にはわからないが、二~三メートルほどの高さを軽々と飛び跳ねているように見える。おまけに跳び上がる速度が速いのはわかるのだが、落下する速度も何故か速い。
敏捷の値が高いとああいう動きもできるようになるのだろうか。俺の敏捷は盗賊になって飛躍的に伸びたが、あんな軽やかに飛び跳ねることはまだ難しそうに思える。
しかしああも派手に動き回られては、俺たちの基本戦術である対じゃがいも用フォーメーションが通用しなさそうだ。想定を大きく超えた動きにどうすればいいのかわからない。
そうして対応を決めあぐねていると、だいこん怪人は五メートルほどの距離を軽く跳ねて俺の目の前に着地した。
反射的に手が出たが、だいこん怪人はジャンプのテンポを急に変えて攻撃を躱す。その直後、背中に強い衝撃を受けた。
「ぐっ。く、くそ……」
俺の攻撃を躱しざま背後に着地し、そのまま無防備な背中に攻撃してきたのだろう。
慌てて振り返るもだいこん怪人の姿はそこにはなく、今度は佐藤さんの周囲を跳び回っている。
「腹が減ってるときにこいつはなかなかキツい……!」
この手のタイプを相手にするならとにかく冷静に、冷静にだ。熱くなって追い掛け回しても無駄に体力を消耗するだけだろう。
「痛ぁ!」
佐藤さんも散々に翻弄された挙句、俺と同じように背中に攻撃を受けて悲鳴を上げている。
だいこん怪人の攻撃力はじゃがいも男爵より少し強い程度。一発で甚大なダメージを受けるというほどではないが、そう何発も受けるわけにもいかない。
佐藤さんを倒したのだから次は俺……かと思いきや、だいこん怪人は倒れ込んだ佐藤さんの周りを飛び跳ねている。追撃するつもりだ。
「マジか! くそっ」
さすがに止めに入らないとまずいだろう。できれば迎え撃つ形で戦いたかったが、あれを放置してはいきなり佐藤さんが殺されかねない。
しかし俺が割って入るよりも先に、だいこん怪人は仰向けになった佐藤さんに対して上から飛び蹴りを叩き込んだ。
「……んん?」
だいこん怪人は佐藤さんの上から動かない。どうしたものかとよく見ると、佐藤さんが両手でがっちりだいこん怪人を捕まえている。
佐藤さんはそのまま立ち上がると、思い切り振りかぶってだいこん怪人を勢いよく地面に叩きつけた。
「うわぁ……」
だいこん怪人は真っ二つにへし折れ、そのまま淡い光と共に消え去っていった。
「ふぅー……これは大変だね」
「そ、そうだな」
背中から攻撃を受けたのにいつの間にか仰向けになっていたのは、ああやって捕まえるためだったのか。
空腹は人をアホにするが、同時に獰猛にもするのかもしれない。
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