組合の姉

塩狸

回想

山から熊が村に降り、討伐隊の人たちが派遣されて、熊は討伐され。

遠い国から、調査隊と呼ばれる人たちが来た。

その調査隊が街から出て行った後。

今度は山の麓まで降りてきた狼が、人を襲った。

山の麓。

その名の通り、山と判断され、山は獣の領域。

討伐隊への依頼は行われず、季節外れの雪が降った春先。

再び。

風変わりな調査隊に再会し。

組合の集会は、やはり山の話題で持ちきりになった。

思いの外、批判は少なく、自分達もその立場に立ったら同じ判断をしただろうと、代表の私を表立って責めるような者はおらず。

その後は、同じ仕事をしている者同士、苦労話や情報交換をし。

隣街に2泊したのち、心が挫けかけた行きとは違い、気分も晴れやかに隣町の組合を出ると。

「お仕事、お疲れ様ですっ!」

声を掛けてきたのは。

「ど、どうしたんですか?」

こんな所に。

海の方に近い土地の行商人の息子さん。

ずっと父親と2人で来ていたけれど、1人で仕事を任されるようになったと、つい先日、ニコニコと報告もしてくれてた彼。

こちらでも仕事をするのかと、駆け寄れば。

「ええと、その、どんな街なのか知りたくて……」

と辺りを見回したひょろりとした彼は。

けれど。

「その、実は、違うんですっ」

違う?

「あ、あなたがお1人で、近くもない隣街まで行ったと聞いて」

なぜか上擦る声と焦りを滲ませた顔。

「あなたの事が心配で、いても立ってもいられず、ここまで来ましたっ!」

直立不動で、叫ばれた。

「……え?」

(え、え、ええ……?)

なぜ、どうしてと、動揺しつつも。

この、幾つか年下の彼は。

いつも、組合へ顔を出してはニコニコと笑顔で駆け寄ってきてくれた。

なんなら用がなくても、ただ、帰りますと伝えてくれる時もあった。

いつも、まめな子だな、とは思っていたけれど。

今は、首まで赤い彼は。

「……あはっ」

なぜか、とても。

「あ、あの……?」

「ごめんなさい、なんだか、とても、おかしくて」

そう、とてもおかしくて。

身体を揺らして笑ってしまう。

これは。

これは、安堵だ。

見知った顔。

知った声。

そして。

そこには。

ほんの少しの、高揚とトキメキも、混じっているかもしれない。


先を進む、どうやら私のために、仕事を放ってわざわざ隣街まで来てくれた年若い彼の馬車に続き、雪の溶けた道を進みながら。

「……」

思い出す。

黒髪に灰色の混じった珍しい髪色に、肌の色も日焼けなのか、仄かに色付いた、ほんのり甘く精悍な顔立ちの男。

真っ直ぐで艶やかな黒髪に赤い瞳の、小さな小さな女の子。

女の子に絶えず寄り添うように4つ足で立っていた、たぬきと呼ばれる茶色い毛を纏った生き物。

彼等は、調査員だと聞いていた。

討伐隊から届いた報告書で知ってはいたけれど、実際目の当たりにすると、

「……」

異質。

どこまでも。

それでも。

カウンターの内側から眺めていた彼等は、どうしてか信頼が置けた。

なんだろう。

眼差し、立ち姿、振る舞い?

解らないけれど。

自分でも意識しないうちに、今も馬車を先導してくれる彼に、メモを渡すように頼んだいた。

なのに。

「調査員というの、ガセです」

(……は?)

「討伐隊の彼女の、非常に手の込んだ冗談です」

と彼は笑った。

一見、そうとは見せない、困ったような、作り笑顔で。

「……」

当たり前だけれど、あの討伐隊の唯一の女性である、ざっくばらんな彼女と、融通の効かない組合長である妹の相性は、最悪だった。

討伐隊の1人が怪我をして山を降りた時、組合が真っ先に診療所まで運んだけれど、治療費の一部の負担を突っぱねたのは、討伐隊だった。

(まぁ、どっちもどっちよね……)

それでも。

もろもろを溜めていたのは、そんな妹だけではなく。

調査員でなければ、では何者なのかと思う彼等は、こちらの、私のぼやきを、それでもただ、黙って聞いてくれた。

ここに、この街に留まらない彼等だから、溢せたのだと思う。

村へ向かった彼等は、村の方で寝泊まりをしていたらしいけれど。

ほんの数日後には街中で、ただ羽のない天使のような診療所の娘と、髪からドレス、靴の足先まで黒く、アクセントは髪に絡めた赤い血が流れるようなリボン。

そんな異国の娘との組み合わせが、少しばかり話題に上がっていたことを、彼等は知っているのだろうか。

そして、その彼等は、私には否定した「調査隊」を名乗っていた。

私は、そんな彼等を、ただ、静観した。

正確には、静観しか出来なかった、が、正しいのだけれど。

彼等は村に留まり、山へも入ったと聞いた。

解体も出来るらしく、狩人たちの手伝いをしたとも。

(変な人たち……)

率直な感想はそれ。

その彼等は、あっさりと、村から更に隣街を越へ、隣の国へ向かったと聞いた。

組合長である妹は、討伐隊から、慇懃無礼な手紙が届いた時。

調査隊を名乗る彼等を、あの討伐隊からの刺客かと更にピリピリと空気を張り詰めさせていたし、実際、彼等に大して随分と失礼な態度を見せていた。

そんな妹の率いる組合に、この街を出る彼等が、わざわざ顔を見せる道理もなく。

仕方ない事だけれど。

なのだけれど。


それから、更に数日もしないうちに。

そう。

今でも、強烈に覚えている。

せっかくのお休みなのにごめんなさいねと恐縮する母親に、気にしないでと、その母親の代わりに村の診療所まで向かい。

まだあの場にいたのが、娘の自分でよかったと思う。

本当に。

母親だったら、ショックで倒れて二度と目覚めなかったと思う。

診療所の先生の一人娘。

狼に襲われた、あの時の彼女は、錯乱した血塗れの彼女は。

天使と見紛えるからこそ、この世には存在しない、禍々しい悪魔に取り憑かれていたのだと、今も、本気で思っている。

そう、その、あの悪魔に取り憑かれた先生の娘は。

「紛い物を掴ませられた」

と低く掠れた獣の様な呻き声を漏らしていた。

「紛い物」

とはなんだろう。

悪魔が乗り移ったその身体が、怪我をして重症な彼女の身体だったからなのか。

だから、悪魔は「紛い物」などと言ったのだろうか。

では、紛い者、と言うべきなのか。

でも。

だけど。

彼女が豹変したのは、あの白い液体を飲んだ後。

むしろ、あの白いものを飲んだから?

あの時の彼女は、とても死に近かかったその身だったとしても、あきらかに、おかしかった。


特に最近は、ずっと忙しい仕事にかまけて、そうそう思い出すこともなかった、あの悪夢とも言える出来事を。

組合長である妹の代わりに向かう、離れた隣街までの雪道を1人。

徐々に道が狭くなり、抜けられるのかすら不安になっている間。

家政婦が押す車椅子に乗せられた、生気をなくしたあの1人娘のことを、なぜか、このタイミングで思い出してしまい、更に鬱々としている時。

ふと、

「……?」

広がった雪道を億劫そうに進む馬たちが、唐突にトコトコと、軽快に歩き出し。

「?」

そほ理由にはすぐに気づけた。

「雪掻き……?」

先に、誰か通っていたのだ。

その誰かも、雪で足止めされ、雪掻きをしつつ進んでくれた様子。

(あぁ……)

その誰かの姿は見えなくても、その誰かの存在はとても心強く、そして感謝しながら先を進めば。

「……あ」

道の外れた馬車に、少しだけ毛色の違う馬車。

そして、赤く可愛らしいマントを頭から被った小さな少女が、

「♪」

ご機嫌に、自分の手の平より大きいくらいの雪だるまを持ち上げ、目の前に立つ男に見せている姿が見えた。


温かい飲み物、温かく美味しい食事、対話できる相手。

自分勝手は重々承知で、彼等に対し、ほんの僅かにあった、薄情だと思う気持ちなど呆気なく霧散し。

礼にもならないけれど、持参した缶詰を取り出すと、物珍しさ故か、2人と1匹は喜んで手を伸ばしてくれてホッとする。

たぬきと言う生き物のあくびを潮に、私は、自分の馬車の荷台に戻る事を、躊躇する素振りは見せなかったつもりだけど。

「フーン」

たぬきと呼ばれる、毛がもさもさの、まるで人のように食事をする、とても風変わりな動物が。

彼曰く、

「彼女の従獣です」

その従獣が、私に続いて、荷台からポーンッと降りてきた。

「あら?」

「フーン」

どうやら一緒に寝てくれるらしい。

「まぁ、紳士なのね」

「フーン♪」

主(あるじ)である彼女の意思か、この彼(?)の意思かは分からないけれど、私のことを、ほんの1つの欠片も逃さず、気遣ってくれている。

荷の詰まった彼等の荷台とは真逆の、伽藍とした荷台でランタンとストーブを点けると、端に丸めていた冷たい布団を広げる。

座り込んで靴だけ脱ぐと、たぬきは、キョロキョロ荷台を見回してから、右前足をひょいと上げてきた。

「?」

「フーン」

「ええと」

もしかして。

「足を拭きたいの?」

「フンフン」

「よく躾られているのね……」

古い布を渡せば、器用に自身の足を拭き上げてから、もさもさと布団に上がってきた。

そして、こちらには背中を向けて横たわり。

(あら)

そっと寄り添ってみれば。

(わ……)

「あったかい……」

移動で一瞬毛先が冷えただけで、抱けば湯タンポの様な温かさ。

薄暗い、頼りない幌1枚の屋根の下。

「ねぇ」

「……フン?」

「あなたは、どこから来たの?」

「フーン」

こちらの言葉はしっかり分かるのか、なにか返事をくれる。

「ふふ、きっと、とても遠いところね」

花の国からと聞いているけれど、名前からして、きっと花が多いのだろう。

「どんなお花が多いのかしら?」

「フーン」

「あなたも、お花は好き?」

「フゥン」

そうでもない、ううん、まあまあ、かしら。

「彼女は、あなたの言葉が分かるのね」

「フーン」

少し誇らしげなフーン。

「いいわね」

とても。

たぬきと言う生き物を強めに抱き締めれば。

「あぁ、土と草の匂いがする……」

とてもいい香り。

荷台は、当たり前に吹き込む隙間風。

「あなたたちは、いつも、こんな感じで寝ているの……?」

「フン」

そうだと聞こえる。

「凄いわ……」

私は、あの国から、街から出ることはない。

それを不満に思ったこともない。

母もいるし、妹もいるし、山には、眠っているであろう父もいる。

でも。

「色んな生き方があるのね……」

このたぬきと言う生き物も、今、こんな遠くの地に立っていることを、予測していたとは、到底思えない。

それにしても。

(本当に)

「すごく温かい……」

布団もストーブも積んできたけれど、

「あなたがいなかったら風邪を引いていたわ」

「……」

返事がないと思ったら、たぬきは、もうプスープスーと寝息を立てている。

並んだもう1つの荷台では、異国の彼と、小さな女の子が眠っている。

彼等は、寒くないのだろうか。

きっと、小さな彼女をしっかり胸に抱いて眠っている。

「……」

別に、疚しいことはなにもないのに。

どうしてか。

彼女を見る彼の瞳が、あまりに優しく甘いせいか。

身体の奥底がむず痒い様な。

(……私も寝よう……)

ランタンの灯りを落とす様に、自分のおかしな思考も、眠りに委ねて、忘れてしまおう。


「少しー!休憩をしましょうか!」

先を進む行商人の彼に大きく声を掛けられ、

「は、はいっ!」

ハッと意識を今に戻される。

先導してくれる彼は、当たり前だけれど、あの旅人たちよりも荷はだいぶ少ない。

「あなたのお店やお家からは、海は、近かったかしら?」

「そこそこです。あ、もし海を見たければいくらでも案内しますっ!」


『海は、そうですね、とても大きいです』

彼の言葉に、少女が黙って小さな手を大きく広げる。

とても大きい、と言いたいらしい。

『フーン』

主(あるじ)の身振りを真似し、彼女の従獣も、同じように前足を広げて見せてくれた。

(ふふっ)

「……見てみたいなぁ」

彼女たちには到底及ばなくても、少しだけ、知らない景色を眺めてみたくなった。

「い、いつがいいですかっ?」

「そうね。組合が落ち着いてからかな」

きっと、もう少ししたら、落ち着くはず。


無事に街へ戻り、しばらく。

珍しく、ぽっかりと時間が空いた。

その日は組合へ訪ねてくる客も少なく、珍しく暇ねと、そこここから声が聞こえてくる晴れた日。

組合長の妹と、昼の休憩がてら、あの彼等を誘った食事処へ誘い。

久しぶりに、姉妹で笑いながら食事が出来た。

「次は母さんも連れてこよう」

「うん」

乗り合い馬車なら、そう遠くない。

「少しサボっちゃおうか」

「少しね」

悪戯っ子な笑い方をする妹と、街の外れを、あの旅人たちとも歩いた道を歩きながら。

少しの間、それぞれ、思い思いに物思いに浸っていたけれど。

開けた広場で、ふと足を止めたのは妹。

「ね」

「ん?」

「姉さん」

「なぁに?」

「お父さん、今もあそこにいるのかな」

妹は、山に視線を向ける。

「いると思うよ」

今も。

心は。

「私ね」

「うん」

「お父さんも先生もね、多くを、望みすぎた気がするの」

妹は、姉の私に、横顔を見せたまま呟いた。

「……望みすぎた?」

望み。

「うん。お母さんや姉さんから話を聞いたり、私の中にも微かに記憶のあるお父さんと、あの先生は、全然似てないと思ったのに、……根本はそっくりだった」

今以上の幸せを望んだ父は山から帰らず、先生は最愛の娘を、命はあるけれど、一生歩けない、片腕も使えない身体にした。

杖では身体に対しての負担が大きすぎるため、車椅子に乗るしかないのだと。

(でも)

「先生は」

先生なりに必死で処置を。

「先生は、自分が討伐隊を助けたって名前を売るために、唯一無二の大事な薬を使ったって聞いてる」

「……」

いつもなら、少し前の妹ならば、もっと感情的になっているはずなのに。

昔の妹に戻ったように、淡々と、冷静に、起きた悲劇を、俯瞰している。

「先生、あれからね」

「うん」

「一度も、私と目を合わせてくれないんだ……」

目を。

「そう。いつでも自信満々に真っ直ぐな目を向けてくれていたのに」

でも、先生には、それだけの事が起きた。

「そうなんだけどね」

妹は少し悲しそうに笑うと、

「言葉は悪いけれど、以前の先生ならば、その娘すらを糧にして、もっと、躍進して行くと思った」

と。

(あぁ……)

その通りだ。

悲劇のヒロイン、そんな娘を持つ父親。

助けられなかった医者の自分。

言葉は悪いけれど、そこには、物語が生まれる。

でも。

そうだ。

そうなのだ。

妹は、あの天使とも見紛える娘が、悪魔に取り憑かれた姿を知らない。

あれは。

私だって、気付きたくなかったけれど。

きっと、あれは。

あの娘(こ)の本当の。

本当の姿。

あの父親も、それに気付いたのではないか。

この子は、自分の思うような娘(むすめ)ではないと。

知ったのではないだろうか。

「……これからも、先生には出来る限りのことを、私個人からも、組合からもしていくつもりだけれど」

「うん」

「もっと、組合長として、街のことを考えなくちゃいけないなって思ったの」

「そうだね」

妹の、あの先生へ対しての、恋い焦がれるような眼差しは、なくなった。

先生の言葉で動いていた部分も少なくない組合でもあったけれど、最近は、国の方針に代わり始めている。

「姉さん」

「何?」

「手を繋いでいい?」

「いいよ」

こんな風に肩を寄せて歩くのも、いつぶりだろう。

「姉さん」

「なぁに?」

「一緒に寝ていい?」

「ベッド狭いよ」

子供の頃と全く同じやりとりに笑ってしまうと、妹も笑う。

肩を軽く当てて笑いながら。

昔のように。


ーーー


本当は。

ほんの、ほんの、ほんの少しだけ。

もしかしたら、何か。

「あの件」

に、あの彼等が、関わってるのではと疑ったけれど。

別に理由なんかなくて、ただの、冴えない勘。

でも。

隣街への道なり、偶然にも彼等と再会を果たし、診療所の娘が狼に襲われたと話した時の、男の驚きは本物だった。

小さな彼女は、もともと表情がなく、それでもぱちくちと目を見開き。

ただ、どうやら、あまり言葉は通じてないのか、事の重大さは判っていない様に感じた。

小さな女の子なのだし、それでいい。

詳しく知ったら、心に傷を負ってしまうかもしれない。


いつか、また、会えるだろうか。

彼等に。

組合と言う仕事上、一度きりの客も珍しくない。

街に来ても、用がなければわざわざ組合には立ち寄らない旅人や行商人も勿論多い。

それでも。

彼等がまたこの街に、組合に来てくれたら、美味しい店でご飯をご馳走して、街を案内しなくては。

そして、そう。

(それなら)

近々されるであろう予感のある、あの年下の彼からプロポーズを受けても、組合の仕事は、続けなくては。

組合で、あの彼等を、迎えるために。

年下の彼は、仕事で離れた街と行ったり来たり。

ならばこちらに家を持つか、ううん、しばらくは我が家で同居すればいい。

妹とも面識があるし、あの人のいい彼ならば、母親とも上手くやってくれる。

(ダメなら、プロポーズを断ればいいだけ)

今まで、ずっと、淡々と流されて生きてきたのに。

きっとプロポーズをされても、彼や、周りの言うことに頷くだけだったはず。

身体の弱い母親と、しっかりものの妹の間に挟まれて。

それが悪いわけじゃない。

でも、今は。

これからは。

私は。

自分の意思で、自分で考えて、生きるんだ。


ーーー


お使いから帰ると、おかえりなさいと仲間が声を掛けてくれる。

「ただいま」

組合長の妹は不在。

入れ替りで出て行ったらしい。

街でだけでなく、国の方にも、優秀な組合長だと知られつつある妹は、溌剌とし、日々忙しく働き、仲間だけでなく街中でも、また以前のように慕われる様になった。

姉としては、とても誇らしい。

カウンターの内側に戻る前に、普段から、なるべく気にして見るようにはしているけれど。

「……」

その日も。

壁に留められた手紙たちを眺める。

新しい手紙が1通。

宛名が何度となく書き直され、書く場所がなくなり、被せるように重ねられた封筒の上に更に宛名が記される。

そう。

全く解らない、知らない土地の文字が、何度も何度も。

文字が読める人間によって、その土地の文字に書き直されては、運ばれてきた手紙。

「あ……っ!」

思わず、声を上げたのは。


“灰色混じりの髪、浅い褐色の若い男

非常に珍しい黒髪に赤い瞳の小さな娘

茶色くこんもりした4足の生き物

そんな特徴のある彼等を見掛けたら、この手紙を渡してほしい”


そんな文字が書かれた手紙だった。

「あぁ……」

この文字が書かれてからは、まだここには、辿り着いたばかりの手紙。

とても、遠い遠い。

一体、どこから、どんな土地から運ばれて来たものだろう。

「お使いへ行ってきますっ」

「あら、帰るなり忙しいわね」

「えぇ」

手紙を持って組合から駆け出す。

これで。

これで彼等に、ほんの少しの、恩返しができるだろうか。

街は今日も穏やかに賑わい、馬車が通り過ぎて行く。

この手紙は、どんな人が、送ったのだろう。

訳してくれた見知らぬ誰かたちは、送り主の書いた、

「これを運んでくれたあなたに感謝を、そして彼等にも、ありがとうの言葉を送りたい」

そんな文字も、しっかりと残してくれている。

だからこそ。

(待っててね)

もうすぐ、届くから、届けるから。

彼等に宛てた手紙を。

祈りを込めた手紙を。

鳥便屋に駆け込むと、鳥達が数羽、反応する。

こちらの組合の格好で、長距離便や弾丸鳥の出番だと察するのだろう。

空いているカウンターへ向かうと、

「鳥便をお願いします、個人で。かなりの長距離、複数の山越えは必至、必ず届け先に請求の行かない見積もりを試算してください」

カウンターの内側の職員が、

「え、個人で?」

どうしたの?と驚いて手紙と私を見比べてくる。

「すぐに届けたくて。組合だと上にも通さなきゃ行けないし」

何より個人的な手紙だし、却下される可能性も高い。

「うーん、じゃあ山越え分は抜いてあげる」

見積もりの一部に線が引かれる。

「いいの?」

「いいよ、内緒ね」

封筒が重ねられている分、中身だけにすれば小さく纏まるけれど。

「このままがいいの」

「じゃあ中型の鳥を飛ばすわ、支払いは明日でいいよ」

そうだった。

持ち合わせがない。

「ありがとう」

「代わりに、うちの小鳥ちゃんたちが街中で危険な飛び方してても、一度は見逃してね」

茶目っ気たっぷりに目を細める職員。

街中の風紀は組合の管轄。

「仕方ないな、1度だけね」

互いに笑いながら握手して、手紙を預ける。


しばらくすると、鳥便屋から、1羽の鳥が風に乗り、美しく羽ばたいて行く姿が見えた。

(お願いね)

彼等に。

届くように。

どうか。

どうか。


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組合の姉 塩狸 @momonotalutogasuki

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