今流行りの追放されてもう遅いざまぁルートかと思ったら、まさかの魔人転向ルートだった件

瓊紗

第1章

第1話 【1】誰がこんなやつを勇者にした



――――これは今流行りの異世界転生だ。


しかし異世界転生で勇者道を突き進む王道から、今や追放破滅挫折に追いやられたうえで隠れチートに目覚めて異世界無双する王道に変わりつつある。


「はぁ……昔は良かった」

昔の古きよき時代に思いを馳せつつも、そんな夢と希望に満ち溢れた異世界などもうどこにもないと絶望に浸る。


異世界転生した俺は、まさにその絶望の渦中にある。俺の家は貴族であった。

「グローリアラント王国と言う人間の国のモルゲンラント公爵家……ねぇ」

貴族であれば、公爵家であれば良い暮らしができるとお思いだろうか。しかし昨今の流行りはそこで虐げられるのが主人公のテンプレである。


かくいう俺も虐げられていた。


「おい、犬。今日の飯だ」

「ちゃんと這って犬食いしろよ?犬!」

今日も今日とてモルゲンラント公爵家の本妻の子らに馬小屋で犬として飼われている。

こんな犬の餌でも食べなければ生きていけない。だから這いつくばってでも【ペス】と異世界語で書かれているらしい餌皿に唇を近付けた、その時。


「ちゃんとありがとうございます、ご主人さまだろぉっ!?」

生意気な三男エリオットに頭を踏まれ、顔ごと犬の餌に真っ逆さまである。


「ほら、言えよ、犬」

エロガキ次男トビーがせせら笑う。


「あ、ありがどうござ……」

「犬は人語しゃべらねぇだろうが!魔人か魔族か!このクソ犬がっ!」

暴力しか知らない長男ジェラールに足蹴りにされ、餌皿は地面に打ち付けられ、ガリガリに痩せた俺は吹っ飛ばされる。


俺がしゃべるのは……魔人でも魔族でもなく、人間だからなのだが。そんなことをこのバカ3兄弟に言ったとしても意味はない。犬がしゃべるなと暴力をふるわれるだけである。


「あーあ、つまんないの」

「ちゃんと掃除しとけよ?ペス」

そう言って嗤いながら3バカ兄弟が去っていく。


「今日の飯は……ナシか」

ぐぅ……とお腹がなる。

「悪いのは平民の女に手を出した公爵アイツだろ」

なのに妾の子である俺までこんな目に遭う。父公爵は平民の間に作った俺のことなんてお構いナシだし、さらには平民の母は本妻エスメラルダによってとっくの昔に拷問死させられた。


「頼る宛もない、力もない。でも……ひとつだけ希望はある」

貴族も平民もこの世界の人間は誰しも12歳になればステータス開示を受ける義務が生じ、そこでジョブとスキルを賜る。


「確か三男は俺と同じタイミングでステータス開示だったな」

いくら俺が妾の子であろうとステータス開示を受けさせなければ父親は女神に反したと断罪されるので受けさせなければならないのだ。生まれたその瞬間から世界にステータスと言う名の戸籍を与えられるこの世界では隠し子を平民との子だからと言って隠し通すことはできないのだ。


「そこで少しでもいいジョブとスキルが手に入れば、この不条理な世界も変わるかな」

そう、絶望の中で願わずにはいられなかった。少しでもこの世界に希望を見出だしたかったのだ。


でも現実はそんなに甘くはなかったのだ。


俺は見事に昨今の流行りのルートには乗れなかったのだ。


本来ならば雑魚ジョブと雑魚スキルだとバカにされつつも後にチート開花して今さらもう遅いをするのがテンプレなのだ。だが……。


「俺のジョブとスキルが……」


【ジョブ:雑草】

【スキル:特になし】

チート開花できる……見込みがまるでない!

だいたい【雑草】って何だよ……!これでどうチート開花するんだよ。さらにスキルがないとか……終わった。


「俺はこの世界の女神にどんだけ嫌われてんだよ……」

嫌われる意味など分かりもしない。何も分からない。何でこんなにも……俺は無力なんだ。


ステータス開示がなされる神殿にて悲嘆に暮れる俺とは対照的に歓喜の声が響く。


「やったぁ!ぼくは勇者だ!女神に選ばれたんだ!」

そう声を上げはしゃいでいるのは三男エリオットだ。あぁ、女神は何故あんなクズを勇者にした。さらには勇者のお供だの何だので三男の元に舞い降りた眩い竜。


「あれは……」

この世界でも有名な皇天竜と言うらしい……て言われても俺は知らん。

「皇天竜って何だ……?」

分からないけどどこかで知っている気がする。この世界に生まれてこの方、聞いたこともない。けれどその存在は確実に……俺の中で警鐘を鳴らしていた。


「そうだ……まずは……」

三男がこちらを向いてニヤリと笑う。いや……待て。まさか……?


「小手調べにあの犬を狩ってこい!」

三男は同じ人間に対して、竜にそう命じたのだ。いや……彼らにとって俺は人間ではないのだが。ほんと人間を人間とも思わぬクズを誰が勇者にした。


しかしこんな俺に抵抗できるはずもない。誰も勇者の蛮行を止めはしない。

「う……っ」

白く輝く竜は主人の命令通りに甲高い咆哮を上げて俺に迫ってくる。


「嘘だろ……?」

ステータスにも恵まれず、最期はこんなクズ勇者と竜に殺されるのか……?


「そんな……そんなのは……」


そして記憶の端にあの白い竜よりもだいぶ大きな竜がよぎる。あの竜は……何だ?


【今はまだ、知らなくていい】

そう脳内で囁いたのは誰だ……?俺はその声を初めて聞くのに、どこかとても懐かしい。まるで魂の奥底に刻まれているかのようだ。


【それはお前の魂が、俺の眷属だからだよ)

「眷属……?」


【もうひとには戻れないが、それがこの世界の秩序と安寧のための最善だ】

ひとには戻れない。もともとひととして生まれ育った記憶もない。


「そんなの今さらだ」

【そうか……安心した】

脳内でそう答えが返ってきた直後。


【アル、目的はあくまでも、対象の奪還だ】

アルとは誰のことだ……?

しかしふと現実に戻ってきた感覚を覚えたとき、ズドンと物凄い音がして振り替えれば、神殿の壁にどでかい穴が空いていた。そして俺の横をすばやい何かが抜けていく。


「幼竜ごときで狩りとは笑えるね……っ!」

そう青年の声が響き、黄色みのある赤い髪の青年が大剣を凪払う。すると白い竜は甲高い悲鳴を上げて勢いよく弾かれ神殿の天井に叩きつけられ落下していく。


「うわあぁぁぁぁっ!!?」

三男が悲鳴をあげる。三男にとっては突如手に入れた大きな力。しかし彼にとってはそうではない。子どもにはよくあることだ。


レアなカードを手に入れても、人気のゲームを手に入れても、大人にとっては何でもない。ただの趣味や好みの範疇であり、何の力も効力も持たない。


「いやー……しかしあれが神の使いねぇ。この一撃で死なないのもそのお陰かなぁ……?やっぱりあの皇天竜を呑み込めるのは黒魔竜だけか」

くろまりゅうとは……?それも竜なのか……?


「うわあぁぁぁぁっ!ぼくは勇者だあぁぁっ!」

その時三男が絶叫しながら青年に向かってくる。相手は大剣を持っているのに勇者だから何とかなるとでも思っているのか……?


【アル、殺さないように】

「えぇ……?ウザイし早めに殺っとけば?」

脳裏に響く声は彼にも聴こえているようだが……彼、アルさんの回答がものっそい物騒なのだが。


【女神から苦情が来る……早急に離脱するように】

「なら仕方がないか」

アルさんは溜め息をつくと大剣を鞘に収め、軽く三男のみぞおちに触れさせると三男を吹き飛ばした。


「ま、勇者なんだからHP1で耐えるでしょ」

そうアルさんは笑うが吹き飛ばされた三男は酷い有り様である。あれ……治るのか?

しかしぶっちゃけ言うと三男があのざまなのにはザマァとは思う。


「同情してやる義理なんてない」


「そんじゃ、行こうか」

その時アルさんが振り向き赤い瞳が目に入る。顔はまるでアイドル級だし細身なのに背負ったのは先程の大剣だ。


アルさんは俺のガリガリの身体をひょいっと持ち上げると、開け放たれた穴からひょいっと外に飛び出した。


そして急激に上昇してる!?翼もないのにどうして……。魔法なのか?しかし突然の気圧の変化に情けないことに俺はいつの間にか気絶していた。


――――そうして目が覚めれば……視界に真っ黒な岩肌の天井が映った。

どこだ、ここ。


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