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何か夢を見た気がする。其れも実際にありそうな夢。

私は何時もの様に純喫茶にいて、目の前には諭羅がいた。相も変わらず窘める様に眉根を寄せ、私に何か説教をかましている。其れに対して口答えだか、反論だか我儘を言ったのだ。何時もの様に。そしたら淡々と何時もの言葉が返ってきた。

「あのねぇ、旦那が居るのに他の男とフラフラ何処かへ行くものでは無いよ」

ただこの言葉だけは覚えている。


瑠衣は恋愛感情を持たない。持たないというより、持てないと言った方が正しいかも知れない。どれだけ相手の顔が良い可愛らしくても、胸と臀が大きいスタイルの良い女性であっても、ただの被写体として見る。

プロポーズ前に美術館に訪れて、裸婦の夫人画を眺めたあと『あの時代は男性が絵画を買うのが一般的だったそうだ。今で言うグラビアを買うのと似ているか』、『マネキンとダッチワイフと絵画の裸婦一番生身の女体に似ているのは何か? 其れがあれば周りは盛れるのか』と淡々とした口調で聞いて来たことは忘れない。

それぐらい欠落している。性欲というものが、本質的に失われている。 だから私という生き物を女として見ていない事なんか百も承知している。

けれどもそんな瑠衣が可愛い顔して、スタイルが良い人、もしくはその逆、私よりもだらしなく、体型が劣っている人と密会をしていたら、やはり嫉妬で狂う気がする。そうなると、私はやはり人間なのだ。


「瑠衣は私が諭羅と黙って会っていたら、怒る?」

瑠衣は黙って瞬きをした。答えるべきものではないと判断した時、瑠衣はこうして返事をする。つまりどうでも良い事であると認識した様だった。

気にして無さそうだなぁ。分かってはいたし、そうだと思っていた。でも何となく気にするから『瑠衣は来ないの? じゃあ私と二人きりで諭羅と会うよ!!』なんて言ってる訳で。

「怒る必要は?」

「……」

多分、ない。

「あ……あのさ、男性って好きでもない女性と結婚出来るんだって!! ほら!! 多分……本能的に……そうしないと滅んじゃう……から生き物……。でも女性って本気で好きな人としか結婚しないんだって……優秀な子を残さないといけないから……だから……」

私は瑠衣の事、大好きだけど、恋愛として意外でも好きな愛が沢山あるけど、瑠衣はそうじゃないのかなって、思ったんだよ。

「変な奴だな」

ただそれだけを言われた。ヒステリックに叫ぶ真似は決してしなかったけれど、ただ槍の様に突き刺さった棘はそう簡単には抜けなかった、


鏡花がしどろもどろになりながら、何か生命的な、本能的な話を必死にしている。ゾーンに入ると秩序と理論の権化になる癖に、今はそうではないからそこまで脅威ではない。言わば、人口保育で育った野生動物に近いものがあった。

本来ならば容易く人を痛め付ける事が出来る癖に、狩る側の癖に、狩られる側に威嚇されてビビり散らかす様な。

「変な奴だな」

お前、何時もの獰猛さはどうしたよ。らしくもない。俺なんか目ではないほど、論理展開早いだろ。

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