第10話 「幸せにしてくれる人」という言葉

 ある夜、いつものように電話をしていたとき、

 ひろみがぽつりと言った。

 

「ねえ、人ってさ、“好き”だけじゃ一緒にいられないのかな。」

 

 その問いかけに、

 返事をするまで、少し時間がかかった。

 

「……どういう意味で?」

 

「いや、なんでもない。

 ただ、ふと思っただけ。」

 

 その言葉の裏にあるものを、

 私は見ないふりをした。

 

 本当は、

 とっくにわかっていたのかもしれない。

 

 ひろみには、

 「現実に寄り添ってくれる誰か」が必要だということ。

 

 夜の電話と週末のパスタでは、

 人生のすべては支えられないということ。

 

 それでも、

 ひろみの「好き」に甘えていたのは、

 間違いなく、私のほうだった。

 

 ひろみの「婚活しようかな」という言葉と、

 「幸せにしてくれる人」という曖昧な表現が、

 私の胸にじわじわと広がっていく。

 

 恋は、はっきりと始まるくせに、

 終わりの気配はいつも曖昧で、

 静かに、じわじわと滲んでくる。

 

 このときの私は、

 まだそれを掴みきれずにいた。

 

 ただ、

 心のどこかが冷たい風に吹かれ始めていることだけは、

 確かに感じていた。

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