ホームラン侍、参上!(後編)

「こんなことだと思ってたぜ! おい、出番だ!」


 マイクを喉に内蔵しているホームラン侍が、大音量で叫ぶ。呼応こおうして、どかーん、という爆発音が外側で起きた。閉められていた競技場の出入り口が破壊されて、わーい、という侵入者たちの声が聞こえてくる。スーツ姿の女性には、聞き覚えのある声であった。


「あれぇ。また会ったね、お姉ちゃーん。危ないから、そこをどいてー」


 先ほどインタビューを終えた際、ホームラン侍からプレゼントを渡されていた子どもたちである。本能的に、指示に従ってスーツ女性が離れた直後、爆発が起きて区切りの金網には大きな穴が開いた。ホームラン侍が作った、手投げ爆弾だ。


 決戦場ではホームラン侍が跳躍して、何と対戦相手の肩や頭を踏み台にし、別の敵へと跳躍を繰り返している。金棒で頭を殴りながら、である。身長が数メートルある機械人間たちは、頭部への攻撃を想定しておらず、次々と昏倒していった。


 観客の半分は爆発騒ぎにおびえて外へと逃げ出し、もう半分は観戦を続けている。子どもたちはそれぞれ、ホームラン侍から受け取った袋から爆弾を取り出し、楽しそうに金網の穴から決戦場へと投げつけていった。身体が機械化されているので、投擲とうてき距離きょりはずいぶん長い。


 ぼーん、というような爆発音と共に、図体の大きな機械人間たちはダメージを受け続けた。威力は致命的でないにしても、そこですきが生まれればホームラン侍にぶっ飛ばされる。厄介やっかいなことに、決戦場の競技者は客席への攻撃を禁止されているのであった。本来は係員が客席からの妨害を止めるべきなのだが、爆弾を持った侵入者に立ち向かうものなど誰もいない。


「この程度の戦いは想定してたさ! 見せてやるぜ、野球の奥深さを!」


 客席からの援護でマイクパフォーマンスの余裕もできた、ホームラン侍は敵の集団から距離を取った。そして持っていた袋から、黒い塊を取り出す。爆弾ではなく、鉄球であった。


 集団に向けて、ホームラン侍が片足を高く上げ、豪快なフォームで球を投げ込む。時速三百さんびゃくキロ(とのちにホームラン侍は言っていた)の鋼鉄球が、複数の敵の頭部にバウンドして当たり、ダウンさせる。第二球も投げ込み、それを避けた敵は────後頭部への攻撃で気絶させられた。磁力で操られた鉄球が戻ってきて、ホームラン侍は二つの球をそれぞれ片手でつかむ。


「どうだ、あたしの魔球は! こういうのを二刀流って言うらしいぜ! 意味は知らないけどなぁ!」


 ホームラン侍が再び三百キロで鉄球を投げて、それがジグザグに動いたりユーターンしたりと、予測不能の角度から向かってくる。対戦相手としては、たまったものではない。物理法則を無視した動きで、あるいはドローン技術でも使われているのだろうか。


「おらぁ、来やがれ!」


 突っ込んできた巨体に向けて、侍が金棒を振り切る。敵は場外まで飛来していった。重量が五百キロの機械人間を飛ばしたのは、ホームラン侍が時速五百キロ(と後に本人が言った)で踏み込んだからだ。リニアモーターカーなら出せる速度である。磁力を操る侍にできないことではない。野球は浪漫ろまんだ。浪漫は物理法則を超えるのである!


「おっと、インタビュアーのお姉ちゃんじゃないか。危ないから帰りな」


 金網の穴近くまで来たホームラン侍が、決戦場からスーツ女性の姿を見て話しかける。子どもたちの爆弾による援護で、侍はふうっと一息をついていた。


「駄目、早く逃げて! ボスの計画は、二段構えなんです!」


 スーツ姿の女性が、懸命に危機をホームラン侍に訴える。競技場にほど近いビルには現在、女王がいた。




 複数モニターの一つには、決戦場にいるホームラン侍の顔がアップで映っている。侍の瞳をにらみつけながら、競技場の遥か上空にある軍事衛星を女王は遠隔操作した。すべてはホームラン侍を倒すためで、狂気の情熱である。


電磁波砲でんじはほうを撃ち込んでやる。決戦の場から逃げるなら、それは貴様の敗北だ」


 軍事衛星から撃たれる電磁波は、屋根のない円形競技場の全域をカバーする。生身の肉体なら取り立てて害はないが、機械の身体を持つものには致命的だ。戦闘力が高い機械人間ほどダメージは大きく、死はまぬがれない。


「死ね、ホームラン侍!」


 操作盤のスイッチに、女王が手を伸ばした。




「じょ、冗談じゃねぇ!」


 スーツ女性の説明が聞こえて、一部の機械人間が決戦を放棄する。逃げ出せば今後の参加資格がなくなるが、それどころではなかった。ホームラン侍なら、高速移動で外への逃亡は可能だろう。しかし────侍を助けに来た子どもたちは、まず逃げられまい。


「なるほど、上か」


 ホームラン侍は決戦場で、晴れた空を見上げる。瞬間、もの凄い音が響いた。侍が鉄球を空に向けて撃ったのだ。金棒のスイングは、誰の目にも見えないほど速かった。


 鉄球が空を越える。大気圏を突き抜け、赤く燃えた鉄球が、女王の怨念おんねんめがけて突き進む。正義が邪悪をつらぬいた。軍事衛星はしんから砕かれ爆散し、女王のプライドが粉砕される。


 誰もが言葉を失っていた。理屈ではない。感覚でわかるのだ。絶対的な権力を持つ女王が、今、一人の侍に敗れたことを皆がさとっていた。ホームラン侍は、客席の方向へ金棒を向ける。




「馬鹿な……。衛星が沈黙しただと……」


 唖然としている女王は、モニターでホームラン侍を見ている。その画面に向けて、金棒が突き出された。監視カメラの位置は把握されていて、侍が鉄球を金棒で打ち込む。女王に向けて鉄球が大写おおうつしになり、衝撃音を立てて映像が途切れる。「ひっ!」と、女王はおびえて椅子から転がり落ちた。




『今日もホームラン侍の勝利です。やってられません。では、さようなら』


 アナウンスが決戦の終了を告げる。侍が倒した相手は五十体ほどで。残りの五十体は戦意喪失して去っていった。「やってられねー」と、毒気どくけを抜かれて退場した彼らは今後、きっと正業に就いてマジメに働くのだろう。どこか満足そうな様子でもあった。いいものを見せてもらった、とでもいうような。


 競技場の中や外では、何人かが歓声をあげていた。ホームラン侍の勝利に賭けていた客はぞんがい、多かったのかもしれない。自分の勝利に賭けることは認められているので、侍も電子マネーをゲットできている。そのホームラン侍と二十人ばかりの子どもたち、そしてスーツ姿の女性は街外れを歩いていた。


「ありえませんわ……。衛星の位置は見えなかったはずなのに、鉄球で撃墜するなんて……」


「空の殺気に向けて、打ったら当たった。それだけのことさ。会心の当たりだったから、あれは奥義にしようかね。技の名前は『ほうむらん』だ」


 子どもがわるわる、侍にじゃれついてくる。まだスーツ姿の女性は、侍に聞きたいことがあった。


「事前に爆弾を用意して、子どもたちを競技場の外へ待機させていましたが。今日の危機をさっできていたのは何故でしょうか」


「だってよ、あからさまじゃないか。決戦の直前にインタビューを求めてくるなんてよ。辞世じせいっつーの? さよならメッセージみたいで気持ち悪いぜ。インタビューの要請があった頃から用意はしてたさ。今まで生き延びてこられたのもかんのおかげだよ」


 辞世の句とは何ですか、とスーツの女性が尋ねた。よく知らねぇ、と侍は返した。


「ま、この地域での賭け試合に、あたしはもう参加できないな。百対一のハンデ戦で勝ったら、もう興行なんかまれねぇさ。女王さまはていよく、あたしを追放できたってわけだ」


「のんびりしてる場合じゃないですよ。ホームラン侍さまと、この子たちは共謀して、競技場で爆弾騒ぎを起こしたんですから。追手おってが来て、監獄に連行されるかもしれません」


「このガキどもは入場料も払ってないしな。でも大丈夫じゃねぇか、勘だけど。今日の決戦を無効試合にしなかったのも、女王の意地なんだろうさ。あんまり心配してないぜ、あたしは」


 そばの子どもの頭を撫でながら、ホームラン侍はスーツの女性に向き直った。


「とはいえ、楽観ばかりもしてられねぇ。あたしとガキどもはこの地を去るさ。それで、あんたはどうするんだい。女王から解雇されたって聞いたけどよ」


「えぇ。どうしましょう、私……」


 途方に暮れた表情である。その顔を見上げながら、ホームラン侍は鼻の頭をかいた。


「だったらさ。よかったら、あたしたちと来なよ。あんたみたいな、お人よしには生きにくいのが今の世界だ。あたしが守ってやるからさ」


「侍のお姉ちゃん、照れてるー。好きなんでしょー、この人のことー」


 うるさいんだよガキが、とホームラン侍はわしゃわしゃ、子どもの頭を撫でた。スーツの女性は、すこしく笑って返答する。


「これからはミユキと、私を呼んでください。不束者ふつつかものですが、よろしくお願いします」


「よし、決まりだ。じゃあ、あんた────ミユキの着替えや食料は、途中のやみいちで買うからな。しばらくは身をひそめることになるけど我慢してくれ」


 夕日が暮れていく。わいわいと喜ぶ子どもたちを連れて、ミユキとホームラン侍は歩き出した。

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