7. 噛み合わない歯車
静寂 vs 巻き戻し。三魔殻同士の衝突は、奇妙な膠着状態を生んでいた。
グラードは止まらない。何度無効化されようと、何度避けられようと、感情を排して斧を振り続ける。彼にとって、これは戦闘ではない。壊れるまで叩き続ける作業だ。
対するソルガは、防戦一方に見える。だが、その瞳は狂気じみた光を帯びて観察を続けていた。巻き戻すたびに、彼の精神はすり減っていくが、同時にグラードの攻略データが蓄積されていく。
(やばい……。グラードの攻撃が、通じてない)
ピクスは岩陰で震えていた。今まで、グラードの暴力は絶対だった。どんな敵も一撃で黙らせてきた。だが、こいつには通じない。それどころか、グラードが斧を振るえば振るうほど、周囲の空間がおかしくなっていく。巻き戻された衝撃の余波で地面がランダムに陥没し、何もない空間から血が噴き出す。
「チッ……。まだデータ不足か」
数十合の攻防の末、ソルガが舌打ちをした。彼の鼻からツー、と鼻血が垂れる。巻き戻しの代償──精神摩耗が限界に近づいているのだ。
「いいだろう、静寂の旦那。今日はここまでにしてやるよ。次に会うときは、あんたのその腕……へし折り方を完成させておくからな」
ソルガが背中の遺物を駆動させる。空間がグニャリとねじれ、彼の姿が陽炎のように薄れていく。グラードが最後の一撃を叩き込むが、それは虚空を切り裂いただけだった。
──シーン……。
敵が消え、盆地に静寂が戻る。だが、それはいつもの「終わった後の静寂」ではなかった。グラードは斧を下ろさず、誰もいない空間を睨み続けている。
解決していない。障害物を排除できていない。その事実が、グラードの中にある獣性を苛立たせていた。
「……グラード?」
ピクスが恐る恐る声をかける。グラードはゆっくりと振り返った。その瞳は、まだ人間のものではなかった。周囲の静寂が、いつもより粘着質に、肌にまとわりつく。
(……怒ってる? いや、違う)
ピクスは直感した。グラードは、静寂に飢えている。敵を完全に破壊し、世界を黙らせるという快楽を中断された禁断症状。そのストレスが、彼の内側で遺物の侵蝕を加速させている。
グラードは無言のまま、斧を担いで歩き出した。その後ろ姿は、以前よりも一回り大きく、そして恐ろしく見えた。もはや、ただの乱暴な男ではない。満たされない破壊衝動を抱えた、歩く爆弾だ。
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