竜想を運ぶ者

宙子

Episode.Ⅰ


「アイツら……野盗の一味か」


ロウェルは大きな幹の陰から、様子を伺っていた。


顔や腕と至るところに傷や入れ墨。何よりも凶悪そうな面構えと、武器。


ある程度の経験があるロウェルは、すぐにピンときた。


何人かは人相書きに似ている。

つまりはギルドでも、すでにおたずね者扱い。

それだけ派手に活動しているってことだろう。ただ……。


「今日はもう、ここまでだな」


6対1では、あまりに分が悪い。

しかもこれまでロウェルは、人間を討伐対象にはしたことは1度もなかった。……防衛を除いて。


残酷な出来事に巻き込まれるのはゴメンだし、余計な恨みを買うのはもっと性に合わない。



ため息をつき、反対方向へと歩き出した。


なじみの村。いつもの酒場で友人と語らい、温かい食事を取り、装備を手入れしたら寝床に潜り込もう。


飲み仲間のミカは、盗賊の話を恐ろしがるだろうな。

話して聞かせるのが、少しだけ楽しみだった。


ギルドには明日イチで野盗を見たと報告を入れればいいか。



ところが。


ゴルルルルルルル……!!


周囲に迫力のある音声が響き渡った。

同時に、木々が傾くほどの風が吹きすさぶ。


腹の底に響くような重低音。聞いたことがない。

これは、鳴き声?……いったい何なんだ?!


事実を確かめたい気持ちに駆られたロウェルは、走り出していた。

残虐な野盗達が、歩を進めていた方向へと……。


木々がそびえたつ森を駆け抜ける。


__周囲の木立がまばらになったころ。


グォォォ……ッ!!


ひときわ大きい重低音が響く。言い知れぬ、苦しみ……?

肌が、ビリビリと負のオーラを感じ取る。


「…………あれは!」


低木の茂みに屈みこみ、息をひそめたロウェルの目前。


濃いブルーのうろこに覆われた、数メートルはあろうかという大きな身体に黒い手足。

2本の角と、皮膜のある翼。


重低音の主は、何とドラゴンだった。


ドラゴンは巨体をくねらせ、炎を吐く。


戦っているのは__さっきの、野盗達だった。


「っ!てめぇがひきつける番だろうが!」

「はぁ?知るか」


仲間だろうに激しく罵りあいながら、ドラゴンに挑発をかけたり、別方向から魔法攻撃を仕掛けたり。デタラメだ。連携が取れているんだか、どうなんだか。



攻防は、30分ほども続いただろうか。


ドラゴンの炎にやられたり、振り降ろされたカギ爪で叩きつけられたりと、野盗側にも重症人や犠牲者がでている。

……ただ、仕掛けたのは野盗どもの方からだろうし、同情する気は起きない。



執拗しつような魔法で何度も撃たれた鱗が、ついに抜け落ちたところへ、野盗の頭らしき男の容赦ようしゃない一撃。大剣が突き刺さる。


「よっしゃああああ!」


そこへ、ここだとばかりに集まってきた一味が攻撃を加える。


ドラゴンは苦し気にのたうちまわっていたが、だんだんと動かなくなっていった。


「やったぜぇ!ついにな」

「はぎ取れ!」


野盗たちは、一帯を根こそぎ物色。


「あ、テメ、それは俺んだ!よこしやがれ」

「何だあ?宝石箱かと思ったら、中身はガラス玉?しけてんな」

「巻物?薄汚れてるなぁ、これはいーらねぇっと」


仲間同士でも戦利品を奪い合い、口汚く感想を述べ、ドラゴンの鱗や爪までも剥ぎ取り、ようやく去るようだ。



……さらに、目立った戦利品が少なくとも1つはある。


「ドラゴンの……卵、か」


薄い赤色を内包した、こげ茶色の殻。

100㎝ほどはあるだろう。それに、かなり重たそうだ。


2~3人がかりで、岩肌で足を滑らせながら運んでいく。



日が落ちようとしている木立のなか、ロウェルは未だに留まっていた。


お宝を漁り足りない夜盗どもが戻ってきて、かち合う危険性も案じられるが、1番は衝撃に頭が追い付かず、手足が震えているからだ。


そろそろ、戻らないと。村の人たちも心配しだすかも。

そう思い、足に力を込めた時___


「人間。そこに、いるのだろう?」

「!?え……」


何だろう、この感覚。頭の中に直接、訴えられているような。

まっすぐに届いてくる。


「知らんのか。念話だ、人間。いや……ロウェル。

……俺には時間がない。話を、聞いてほしい」


直感だった。が、当たっているだろう。

先ほど野盗どもに倒された、青い鱗のドラゴンだ。


足元がよく見えない中、段差を超えて恐る恐る、近づいた。


ドラゴンは、うっすらと目を開けている。

息はかろうじてあるようだが、ヒュー、ヒューと小さく苦しげだ。



ロウェルに語りかけてきたドラゴンは雄で、ルルドというらしい。

念話というのは、心をつなげ記憶の一部を共有することでもあるようだ。


それで、ロウェル自身が望まずとも、知ることになった。



あの卵に、『母親』がいること。


雄のルルドに比べても長命種、かつ遥かに強大であることも。

雌ドラゴンの名前は、セラ。すでに2千年は生きてきたという。


何より、人間を信じず憎んでいる、と。


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