断罪フラグへ突き進む
灰戸
第1話
「ねぇねぇ聞いた?ヴァール様にほとんど決まっていた大手魔獣討伐ギルドへの就職、どうやらセイラさんに変わったらしいよ」
「まぁ!いくら彼女が一週間目を覚ましていないと言ったってまだその程度しか経っていないのに...」
「セイラさんも優秀ですけど、やはりヴァール様に比べると魔法も剣技も少し役者不足じゃない?」
「それは、ほらあの
あー。と声を揃えて納得する女生徒達による噂話の交換会の話題は、先週のとある魔獣討伐専門の養成学校で、成績優秀な生徒が階段から足を踏み外した原因についての噂からその優秀な生徒、ヴァールの就職先を奪ったのがこの国の第三王子の恋人である事へと変わったようだった。
「ヴァール様も可哀そうよね。討伐のための班分けが、セイラさんはともかくあの足手まといと一緒なんだもん」
高く上った太陽に照らされ目が覚める。なんだかいつものベッドとはずいぶんと寝心地が違う。
「うぅん...」
カーテンの隙間から入ってきた陽光の眩しさに思わず呻いて寝返りを打つ。
(なんか頭が痛いし今日の仕事は休もう)
こういうのがフリーターのいい所だなと考えてから起きてすぐに感じた、違和感の正体を思い出す。
私は、先程信号無視の暴走車に撥ねられたはずだ。
人間の身体があそこまで曲がると知らなかったと死ぬ間際に考えていたのに、体の部位の中で痛むのは頭だけ。そもそも撥ねられたなら今私がいるのは病院のはずだ。
そう思い開けた目に飛び込んできたのは想像した病院の白の天井や、自分の体に繋がれた管の数々ではなく、自分の部屋ではないけど知っている天井。
焦りながら痛む頭を無視したまま急いで起き上がり、その位置にあるだろうと予測した通りの場所にあった鏡台の鏡をのぞき込む。
通った鼻筋に、深い緑の瞳を持った目は少し吊り上がっている。紫がかった黒髪は、自分の見慣れている後ろで一つに結った姿とは違っているが、何度も自分でも描いた経験もあるから間違いない。
私がプレイしていた女性向けノベルゲームの最推しであった「第三王子レオン」のトラウマを作った美しき悪役。ヴァール・クロウディス。
この転生先の結果にオタク歴十数年、初めてガチャの結果以外で無神論者のくせに神へと悪態をつきたくなった。
神が全知全能だっていうのならオタクの誰もが悪役令嬢成り代わりもの主人公になりたいと願っているわけじゃない事を知ってほしい。
「なんでよりにもよってヴァールなのよ...」
いつものキモオタ的発言とは違いするっと出てきた綺麗な言葉遣いは、このキャラを悪役だというのに美しく魅力的にしていた一つの要因だった。本編で出て来た彼女の情報は数少ない。
レオンの幼馴染兼恋人であるセイラを傷つけ、レオンの大切な物を彼自身の力不足で守れなかったというトラウマを強く植え付けたこと。それが直接的な原因ではないが、最終的に断頭台だか国外追放だか分からないが惨めな最期を第三王子から大臣となった推しから下されたというこの二つだけ。
しかし、毎年エイプリルフールに行われる各キャラのトラウマの原因の視点からトラウマの瞬間を見る事の出来るという運営の性格の悪さが出ていたifストーリーがあった。そんなストーリー中にある一つの選択肢がプレイヤー達に委ねられた。
私の推しである第三王子レオンの時の選択肢は、レオンの幼馴染であるセイラを傷つけるか、それとも就職先を奪ったセイラを赦すか。
その時の私は、いくらヴァールが気高く、美しく、さらに同情の余地があったとしてもレオンには笑顔であって欲しいと願い、赦すのボタンを選択した。だけど、私はその選択を激しく後悔して早く4月2日になってこのifストーリーが閲覧できなくなるように願った。
トラウマを失ったレオンは私が愛した推しじゃ無かった。
同じ顔をしただけ。いや、度重なる鍛錬や人間関係のせいで若いというのに刻まれてしまった額の皺も無かったから同じ顔ですらないかもしれない。
本編のレオンはボンボンで、そのことで若干調子に乗っている節があるし、さらに性格も他のキャラに比べるとすこぶる悪い。作中のセリフの中で「足手まといなら、仲間を見捨てればいいだろ」なんてセリフがあるようなキャラだ。
ただ、もう二度と自分の大切なものを失わないようにと鍛錬を続け確かな実力を身に着け、権力を自分の思うままに振りかざす危険も知っていた。
だというのに、トラウマを失ったレオンは能天気で戦闘の実力も本編の半分未満という体たらく。選択肢の先にあったのは推しに似た誰かの笑顔だけで、それ以外はなにもなかった。
ifで読めたのは本編の途中までだったが、あのままじゃセイラ以外にもできた大切なものを守れず一気に失うことにもなるに違いない。
あんな状態のレオンよりも、ifストーリーではない本来の物語で、磨いてきた美しさと技と話術で、部外者を騙し切り見事復讐を完遂したヴァールの方が何百倍も美しかった。
そもそも、悪役とはいえどヴァールはどちらかというと被害者だ。優等生だからという理由で、人の目も憚らずイチャイチャするアホどもを学生の身でありながら警護し、レオンの討伐課題の世話も焼く。そして、平民生まれの身でも大手ギルドにアピールもしてやっと決まりかけた内定。だというのに、不慮の事故から明けて告げられたのは就職先を失った知らせ。セイラの片目を潰して半殺しで済ませたのが素晴らしいくらいだ。
本来は役者不足と辞退してもおかしくない状況で己惚れて、力量を見誤っているセイラと調子に乗った第三王子の世話を一生徒に任せた学園の教師陣を火だるまにしていてもおつりがくるかもしれない。
そうは思っていても、自分の推しの不幸を願うのは大変心苦しい。どうせ推しと同じ世界に来るならモブとか空気とか校庭に生えてるオリーブの木の果実の一つとかの方がよかった。だが、転生してしまった以上、もう苦しんでいる暇は無い。
あの選択肢が来るのはヴァールが目を覚ましてから三日後の討伐遠征。せいぜい悪役らしく高笑いして、セイラを教官の目からしたら事故に見えるように攻撃することを目指さなきゃ。そう思っていつも通り気持ちの悪い笑みを浮かべたつもりだったが、鏡の中のヴァールは美しく微笑んでいる。
(そもそもいくらヴァールが優秀とは言えど、病み上がりの人間に遠征なんてさせるもんじゃないよな)
中世に近い世界観のこの物語では、力があり、教師陣からの信頼が厚いヴァールでもやはり生まれ故の周りの圧力は酷いのかもしれない。
討伐遠征はあっという間に来た。遠征までの間にレオンと会話する機会があったので気が付いたが、そもそもトラウマが未だにない状態のレオンはただ面が好みなだけのキャラなので、泣かせるのも、絶望させるのも何も問題ない。それに思いっきり泣いたりしてくれた方が興奮する。という自分の納得のさせ方をした。
今回の遠征の課題となっていた四足歩行の中型程度の魔獣が来たので、初めはいつも通りセイラとレオンのための援護をするふりをする。
が、レオンの視線が離れた瞬間に、その一撃で仕留める心意気でセイラに切りかかる。レオンと違ってこの時点でもそれなりに実力のあったセイラはギリギリのところで私の剣を躱す。格ゲーや戦闘の経験はただのフリーターだった元の私には無いが、しっかりと美しい剣技と足運びで動けている事でヴァールの戦闘面でのセンスの良さと積み重ねを改めて実感する。
「な、なんで!」
本当になぜ切りかかられたのか思い当たらないとでも言いたげな純粋そうな眼でセイラは私の攻撃を少し体を掠めながらも躱している。レオンもこの状況に理解ができていないようだが、魔獣の相手に忙しくこちらにかまう余裕がないようで、大声で疑問を叫ぶ事しかできていない。
「人の席を人が意識を失っている間に奪った人間を恨まない人間の方が稀有ですよ。」
「まぁ、悪意を知らないお坊ちゃ方まにはわからないでしょうけど」
ふっと最後に嘲笑いながら吐き捨てる。が、普通に嘘だ。今の私に彼女への恨みは特にない。
おおよそ、周りがヴァールの無事を確認できなかったから、という理由でレオンのご機嫌取りに利用されただけだろう。
ただ、私は私の愛した推しで居てほしいという傲慢に近い願いから、今から彼女を半殺しの状態にする。
私の剣を捌いたり耐えたりするのに精いっぱいなセイラの腹を思いっきり蹴り飛ばす。彼女が軽いのも多少あるだろうが、片足だけの蹴りで思ったより吹っ飛ぶセイラに少し驚いた。
(ヴァールの戦闘スタイルは主に剣とか槍だと思ってたけど、肉弾戦用の鍛錬も積んでたんだな)
驚きはしたが、戦いつつも蹴ろうと思いつく思考回路と、すぐに蹴りの重心の動かし方ができたヴァールじぶんの身体からそう察する事ができる。
ifストーリーでは知る事の出来なかったヴァールの魅力を今回の戦闘でまた知ることができそうだ。
「いっ」
セイラは突然加えられた蹴りの痛みに小さな声を上げて地面の上に出ている木の根の上に転がっていった。
(レオンの方はどうかな)
セイラが立ち上がっている最中に、中型の魔物と一人で戦っているレオンの方を見ると、案の定力不足なレオンは押し負けている。しかももう一体中型の魔獣が近づいてきた。手早く近づいてきたもう一体の魔獣の額を魔法で打ち抜く。
今までヨイショされてきたせいでヴァールの実力を計り損ねていたんだろうレオンは、ヴァールがもう一体を易々と倒したことに気が付いて目を丸くしている。
(仮にも王子に怪我されちゃまずいよね)
レオンに気づかれない程度の補助を行いつつ、もう一体を仕留め終わった瞬間に、セイラが反撃してきた。レオンはともかく、セイラは偶に学内の試験で十番以内に入る程度には実力者、油断は禁物だ。
(まぁヴァールはずっと一位にいましたけども)
セイラが魔法も使って攻撃してきたが、魔法が弱すぎて話にもならない。
「っふ」
軽く鼻で笑った後に、少し開いていたセイラとの間を詰め、首を掴んで持ち上げる。
「ふふっいい気味ね」
「なんで、なん、で」
(まだ理解できてないのか)
本編でのセイラはそこまで嫌なイメージは無かったが、ここまで気が回らない人間だとは思わなかった。
(お、やっと倒し終わったか)
補助に結局気づくことなくやっと倒し終わったレオンがこちらに剣を構えたまま突進してきた。
(2:1か)
レオンからすると全力の抵抗をしているつもりなのだろうが、片手だけでも簡単に攻撃を捌くことができる。
(あぁ、その見え見えの攻撃も、甘い剣の振りも可愛いな)
こんなに可愛い私の大切なレオンが、あんな醜い姿になったあげく更に沢山の物を推しが失うなんて事があってはいけない。
そんな事に比べればもう一度死ぬだけの断頭台だろうが、国外追放だろうが、魔物に食い殺され終わる未来だろうが全てがしょうもない。
さぁかかってこい未来の私の推し。貴方の愛しい幼馴染の瞳が一つ欠ける未来が変えられないとしても、全力で抗え。そして絶望しろ。未来の貴方の力の為に。
断罪フラグへ突き進む 灰戸 @yamada_98rou
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