螺旋の愛

篠田雅

螺旋の愛

その日もいつもと変わりない、ごく普通の日になると思っていたのです。


枯れ葉の宿に身をおくわたしは、いつもの朝のように山の中を進んでいました。

さわやかな、朝の光。

木洩こもれ日に輝く朝露、温かな土の芳醇ほうじゅんな香り。

しめり気を愛し乾燥は苦手なわたしでも、初夏の風のかぐわさには喜びさえ感じていました。

そんなとき、同じように枯れ葉の上を進むあなたに気づいたのです。



一目で分かりました。

あなたがわたしの運命の相手だと。


あなたもそう思ってくださったのでしょう、あなたはまっすぐにわたしに近づいてきました。

あなたはわたしに瓜二つ。でも、わたしより少し大きいようでした。むっちりと健康そうで、すべすべで。

すばらしい相手に巡りあった喜びに、心が躍りました。


身体は誇らしげに太く長く、後部は少し細くなり。

その背部分には、濃淡のある美しい模様が透けて。

前部を心もち上げ、大触覚の先でこちらを見下ろすその美しさ、たくましさ。

気付けば、あなたに引き寄せられていくわたしの身体が、そこにはありました。



あなたが、そっと、ふれてきました。

ねっとりして弾力があり、冷たい……わたしと同じ皮膚。

わたしもそっくり同じようにしました。

あなたは、初めてではないようでした。

それでわたしも安心して、落ち着いて真似をすることができました。


…いいえ、真似ではありません、体の奥底に書き込まれている「何か」の命ずるまま、わたし達は動いているのです。意識せずとも、それがわたしにも分かりました。

あなたが少し左に動いたので、向き合い対称になるように、わたしも左に動きました。

あなたは回り始め、わたしも回り始め、互いに巡り合い、触れ合い、絡み合い、やがてゆったりとした渦巻きが顕現けんげんしはじめ……なめらかな円舞、眩暈めまいのするような高揚感。

我を忘れて二人で巡り合いました。

目眩く恍惚こうこつ螺旋らせん


やがて、あなたの体の真ん中あたりから、ゆっくり、ゆっくり、白く透き通ったものが出てくるのが見えました。レースの縁取りのような、華奢きゃしゃな白い薔薇ばらの花のような,美しく繊細せんさいなひだ飾り。

普段は、けして見ることのできない、命をつなぐためのくだ

……気づくと、わたしの体の中央からも、同じ柔らかく湿った白いものが伸び、あなたへと向かって震えながら伸びているのでした。


輝く白い器官を絡め、つなぎ合わせ、いだき合う螺旋の上に白いヴェールをまとって、わたし達は生きる喜びに打ち震えました。

ゆっくりとそれは行われました。あなたの命のつながりが、わたしの命のつながりの中に。わたしの命のつながりが、あなたの命のつながりの中に。


いつの間にか回転は止まっていました。

やわらかな枯れ葉のしとねの上で、わたし達は動きを止めたまま、長い時間を過ごしました。

あるいはそれは、吊り下がる空中や垂直面ではなく、安心して身を横たえられる平面で行われたからこその、より長い至福の時間だったのかもしれません。


やがて、螺旋を解き二つに分かれたわたし達は、またそれぞれの道を歩み始めました。再びゆっくりと身を滑らせながら、あなたと別れたわたしは、深い満足を感じていました。



時が満ち、わたしは300ほどの小さな白い卵を産むでしょう。

二度と出会うことのないあなたも、どこかで同じことをするはずです。

そうして、命は続いていくのです。


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螺旋の愛 篠田雅 @m34qq27q

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