魔人と贄

皿洗いを終えて、おっちゃんの待つ部屋に戻ろうとしたところで、入り口の方が何やら騒がしい様子だった。


 「メガネ君、なんの騒ぎ」

 「……見ての通りだ」


 問う、というよりは確かめるような声色で少年が話しかけると、メガネの男は険しい目線を入り口の方へと送った。


 「上流の連中か」


 視線の先には、この収容所のオーナーである男。

 そしてその対面には、オーナーよりも体が2回りも3回りも大きい、異形の姿をした人間らしきものが会話をしていた。


 「なあ、あんたらアイツら知ってるのか……?!なんなんだよあれ……?!」


 オーナーの前にいる人間らしき者の結膜の部分は黒く染まり、眼球の代わりに揺らめく人魂のような炎が埋め込まれている。

 目だけでも人間かどうか疑わしくなるが、顎から下には磨かれた鉄のような厚い膜が皮膚の上から張り付いて鎧のようになっており、首から下の肉体は関節を境目に不自然ほど大きく隆起している。


 アイツは人間かどうか。そうでないならなんなのか。

 その正体を知っているような反応の少年たちに、初めて異形の存在を目にした、若い男が問いかけてきた。


 「『魔人』だよ、魔人。見るのは初めてか?」

 「魔人……? あれは、人間なのか?」

 「元な。あんまおどおどすんな。目障りだと思われると殺されるぜ」


 少年の提言に、メガネの男も黙って頷いた。

 それを見て若い男も恐怖を圧し殺すように口に強く手を当てる。


 魔人、と呼ばれる異形の存在は、手でゴマをするオーナーの前に、大金の入った麻袋を放った。


 「門が現れた。10人欲しい」

 「用意しておりますとも、ささ、持っていってくだされ!」


 オーナーが側で控えていた部下立ちに合図すると、部下立ちは施設の奥から大きな滑車に乗った、鉄格子の檻を運んできた。

 その中には拘束具で自由を奪われた、施設の住人たちが詰められていた。

 彼らは眠らされているのか、薄い息を吐いてぐったりとしている。


 「貰っていく」

 「毎度ありがとうございます!」


 10人がかりで押してきた鉄格子が、魔人が指を鳴らした瞬間、重力を失ったように浮かび上がり、魔人のあとを追うように動き出した。

 入り口の方へと消えていく異形の存在を見送ったあと、呆然と立ち尽くす者達へオーナーは振り返り、邪悪な表情を浮かべて楽しそうに声を上げた。


 「お前達! ああなりたくなかったら真面目に働けよ!?」


 恐怖でざわめきたつ者達の間を、溢れんばかりの札束が入った麻袋を抱えながら、オーナーはご機嫌といった様子で施設の奥へと消えていった。


 「なあ、今のなんだったんだ? 俺の友達が連れていかれた……。あいつら、いったいどうなるんだ……?」

 「知り合いがいたのか。そりゃ気の毒だったな。もうそいつとは会えないぜ」


 少年が返すと、メガネの男は若い男から逃げるように目線をそらした。

 少年も声色で平然を装っていたが、この時ばかりは目を合わせないまま続けた。


 「生け贄として連れていかれたのよ。力を受け取るための供物にされるんだと」

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