白い悪魔

 

「毎度毎度危険な重労働ご苦労様‼ お前たち! 根こそぎ持っていきなぁ!」


 屈強な男たちの中でもリーダー格と思われる男が、労働者の一人を殴って気絶させながら叫んだ。その後に続けと言わんばかりに続々と取り巻きの男たちが、仕事を終えたばかりの労働者たちを襲っていく。

 襲われた労働者たちの籠から鉱石が零れ落ち、それを回収班と思われるやや細身の男たちが拾って、トラックの荷台に詰めていく。


「な、なんだよあれ?!」


 目の前の凄惨な光景に新人の男が戦慄するも、白髪の少年の方は白けた様子だ。


「見ての通り、鉱石盗られてんのよ。ああすれば危険な鉱床に行かなくてもレア鉱石盗り放題だからな。いつもの光景だ」

「いつも?! なんで中流の衛兵たちは何もしないんだよ?!」

「そりゃあ俺たちがだからよ。殺しはダメだが、それ以外なら大体OK。喧嘩が苦手ならそこに隠れてな」


 少年は物陰を指さしてからガスマスクを被りなおして、鉱石の籠を背負って喧騒の中に歩いて行った。


「ははは! こいつ、たんまりとお宝持ってやがらあ!」


 ここにいるのはノルマが達成できなかったものがほとんどだ。加えて、重労働の後で肉体的にも限界を迎えている中襲われればひとたまりもない。

 先に外に出た者たちは、襲われて動けなくなっているか、暴力を振るわれる前に籠を差し出すか、籠を置いて逃げているかのどれかだった。


 そんな中、籠一杯の鉱石を持っている者がのこのこ歩いてくれば、当然悪目立ちする。

 次のターゲットは必然的に少年になった。


「痛い目会いたくなきゃ、黙って籠を置いてきな!」


 籠の鉱石を奪おうと、忠告しながら殴りかかる。

 マスクごしに殴られ、少年はぐらりとふらついた。


「意外とタフだ、な……。って、……え?」

「……毎度毎度、阿漕な商売ご苦労様、だなあ‼」


 仮面の下から現れた顔に、男が言葉を失った。

 呆然と恐怖するその顔に少年は鋭いパンチを叩きこむと、自分よりも一回りも大きい男の巨体が宙を舞い、乾いた岩原に勢いよく叩きつけられる。


 異常を察した周囲の人間が少年の方に目を向けると、今度は男たちの方が恐怖で引きつった表情になった。


「あ、あいつ⁉ 『白い悪魔』だ‼ ハイエナ狩りだあああああああ?!」


 白い悪魔、というワードを聞いた瞬間、リーダー格の男が青ざめる。


「何だと?! 全員、ずらかるぞ‼ あいつにだけは手を出しちゃいけねえ‼」

「もう出しました‼」

「じゃあもうるしかなくなったじゃねえか?!」


 盗賊たちが慌てふためいているところに、肩をゴキゴキと鳴らしながら少年が歩み寄り、意地の悪い笑みを浮かべた。


「他の連中は殴られてもだんまりだけどよお。俺は殴られたら殴り返すぜ?」

「畜生、毎度毎度いいようにやられてたまるか! 野郎ども! 意地を見せろ!」

「お……、おおおおおおお‼」


 なんとか自分を振るいたたせようと、上ずった怒号と共に、盗賊たちが少年に向かって一斉に襲い掛かった。

 20対1。数で圧倒的に不利だが、少年の表情は余裕があり、たいして盗賊にはそれがない。


「言っとくけど、手えだしてきたのそっちだからなあ‼」


 最初に襲ってきた男の腹に蹴りを食らわせた後、勢いのまま背面に回し蹴りを繰り出し、足を使って背後の盗賊たちに投げ飛ばす。ドミノ倒し状に盗賊たちが吹っ飛ばされているうちに、襲い掛かってくる別の男たちの頬を殴り、歯を折り、股間を蹴飛ばし、みるみるうちにのしてしまう。何度かパンチが少年にヒットするものの、膝をつかせることさえできやしない。


 仲間を置いて逃げようとする者には、のした仲間の体を投げ飛ばし、降伏して土下座を始める者には、その顔面を掬いあげるように蹴りを食らわせる。


「あ、悪魔だ……」


 その様子を物陰から隠れてみていた新人の男が、思わず零した。

 男からすれば少年は味方のはずなのだが、敵に同情してしまうほどに戦況が一方的だった。


 盗賊全員が動けなくなるまでいたぶった後、その様子を呆然と眺めていた労働者たちに「自分で掘った分だけ持って帰れよー」と気さくに投げかけた。

 トラックから、盗られた鉱石を労働者がそそくさと回収し始めた。

 こういう時、どさくさに紛れて取り分以上の鉱石を持っていくものが出てもおかしくはなかったのだが、皆律儀に自分の盗った分だけを持って行った。


 少年の言いつけを守らなかったときに、どうなってしまうのか想像したからだ。


「言ったろルーキー。筋肉と喧嘩の腕が必要だって」


 物陰に隠れていた男の元へ行き、少年が歯を見せて笑うも、男は乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。


 結局、新人の男は職場を変えた。以降も鉱床に来ることはなかった。


 初めに言った通り、この仕事を選ぶのはよほどの力自慢かつ、バカか荒くれだ。


 つまりこの少年にとっては天職ではあったわけだ。

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