領主レオニールは動かない〜ならない系異世界転生譚〜
くろがね。
第1話 地方領主
地方領主の長男として転生してから、今日でちょうど四十二年が過ぎた。
俺の名前はレオニール・アーリントン。かつては日本の高校二年生、高木アキラだった。あの頃の記憶は、遠い夢の端のように、ぼんやり残っている。
俺は、転生の意味を、未だに見出せずにいる。
女神は現れ、世界を救えと言っただけだった。方法も仲間も、未来も、何も教えてくれなかった。
それからの人生は、生まれには恵まれたのかもしれないが、地道で、平凡すぎる日々の連続だった。
目を覚ますと、見知らぬ異国の男女が俺の顔を覗き込み、微笑んでいた。それが、この世界での両親だった。
エルデリオン王国の地方領の一つ、アーリントン家の嫡男として生まれ変わったのだ。
領地は王国の東の外れにあり、北には山脈、東には大きな湖を挟んで魔王領、南には他家の領があった。王都からは幾つかの領地を経て到達する田舎の辺境だった。
父は武勇に優れ、先の魔王軍との大戦では兵を率い魔王領へと前線を押し上げ、勇者一行の進軍を助ける功績を挙げたらしい。母は王都の貴族の令嬢で、世間知らずではあったが優しい女性だった。
二人には年齢差があったが、仲睦まじい夫婦だった。
転生直後の幼少期は、穏やかで幸せだった。
父は将来への期待を込めて、教育や礼儀作法を厳しく教えた。魔法や剣の素質は平均以上――いや、それ以上だったのかもしれない。
俺は、これが異世界チート転生というやつかと、心を躍らせた。
城には勇者一行の肖像画が飾られ、父からその武勇伝をよく聞かされた。いつか自分もそうなる主人公だと思っていた。
だが、外の世界に出ることは許されなかった。才能ある長男として、家族の期待に応える日々。
読み書き、計算、民との接し方、農地や交易の仕組みを学ぶ日々。剣術や魔法も少しずつ習ったが、実戦で活かす機会はほとんどなかった。
四つ下に妹ができたが、自分のことで精一杯で、あまり構ってやれなかったと思う。
初めて自領の外に出られたのは、十五の春。王都の学園で騎士道と剣術、魔法を学ぶことになった。
幼い頃は田舎で神童と持て囃されたが、都会に出れば上には上がいる。学園での成績は中の上程度。飛び抜けた素質は何一つなかった。
だが、友人関係には恵まれた。偶然にも、王国第一王子と同学年で、その取り巻きの一人に入ることができた。
王子が国王となった今でも、年に何度か王都に呼ばれ、世間話の相手をさせられている。王子からの評価は、「抜きん出たものはないが、劣るものもない、選択を間違えない男」だそうだ。
学園生活は特筆すべき出来事もなく無難に卒業。平均より少し上の実力では、俺は主人公にはなれないと悟り、家に戻った。
井の中の蛙だったことを思い知らされた俺は、父のもとで領地の仕事を手伝い始めた。
小さな税務、農地管理、民の相談、山賊討伐の手配。戦いや冒険の経験はないが、頭を使って問題を解決するのは面白かった。
二十歳を前に結婚。相手は幼い頃から決まっていた隣領の領主の次女。
二歳下の妻は、幼い頃から面識があり、俺を兄のように慕ってくれていた。結果、平和な家庭を持つ喜びは、日々の仕事の疲れを癒してくれた。
妹は十八歳で王都の騎士の家に嫁いでいった。相手は、学園時代の級友で、王子の取り巻きの一人だった。
二十五歳を過ぎ、実質的に領地を取り仕切る立場になる。財政を安定させ、農地を改良し、交易ルートを確保。疫病や洪水、魔王領との国境での小競り合いもあったが、知恵と経験で民の生活を守ることが俺の誇りになった。
三十代に入り、平凡な日々に慣れが生まれた。
戦後から時も経ち、種族間での揉め事も少なくなっていった。魔王領に近いこともあり、領内には異種族、亜人種の集落が少なからず点在している。
俺は、領内の異種族共生の為、各集落と交渉を重ねた。工芸品や特産品の交易を始めたのも、その一環だった。結果、双方に利益をもたらし、領内の財政は潤っていった。
この四十二年、領地は安定し、家族も順調に成長している。
だが、夜になると、ふと考えてしまう――女神は「世界を救え」と言った。
その意味は、いったい何だったのか。俺は四十二年もの間、この問いに答えを出せずにいる。
魔王を倒すのかと考えたが、魔族との大戦は俺が生まれる前の話。
現在、魔王の玉座は空位で、魔族も統率が取れていない。小競り合いはあっても、大きな動きはない。
平凡な長男としての四十二年。英雄的行動はないまま、地道に領地の民を守る日々。
傍らには快活で聡明な妻。城で暮らすのは嫌だと言うので、城下に屋敷を建て、毎朝城へ通勤する。民衆との距離が近く、声も聴きやすくなった。
二人の息子。長男は体は弱いが頭が良く、領運営の補佐を任せられるほど。二歳下の次男は王都の学園を卒業し、そのまま王都の騎士団に所属する。二人とも各々の人生を歩み始めた。
平凡というより出来すぎた平穏だった。
うまくいき過ぎている感もある。
これが女神の望む「世界を救う」姿なのか、それとも俺はまだ何もしていないのか。
今日もまた、山賊の小競り合いや交易の問題に対応し、家族と民を守る一日が始まる。
四十二年の平凡な日常を重ねた俺に、果たしてこれから何か待ち受けているのだろうか。
◇
春の穏やかな風が吹くある日。
珍しくできた休日に、レオニールは屋敷で過ごしていた。慣れない休日、手持ち無沙汰で持ち帰った書類に目を通していると、庭から妻に笑われ、書類を置いた。
使用人の一人が、来訪者の知らせを持ってきた。
門まで出ると、門兵とともに一人の男が立っていた。
三十代半ば、大柄で鍛えられた体躯。肩には旅の跡を感じさせる革鎧、腰には使い込まれた剣と小さな布が巻かれている。その布には見慣れぬがどこか懐かしい模様が描かれていた。額には大きな傷。歴戦の勇士のような風貌だ。
「あなたが……領主殿ですね?」
男は丁寧に頭を下げた。
「そうだが、君は?」
レオニールは警戒を隠さず、落ち着いた声で答える。
「カロナ村のガルドと申します。盗賊討伐の人員を集めて回っている者です」
男は淡々と、しかし明確な目的をもって話す。
「カロナ村か。北の山沿いの村々の一つだな」
レオニールは領内の地図を思い浮かべながら答えた。
「こちらの領内で、人員を集めたいのです。最近、盗賊団が山沿いの村々を荒らしておりまして」
ガルドは説明を続ける。武器を携え、身のこなしも鍛えられているが、声には威圧感はなく、淡々としている。
レオニールは微かに頷いた。
「なるほど……では、詳しい話は屋敷の中で聞かせてもらおう」
門兵がガルドに剣を預けるよう促す。
「すまない、用心のためだ」
「構いません」
ガルドは腰の物を渡し、一礼した。
屋敷の応接間に入り、レオニールは使用人に外で待つよう指示。
椅子に腰掛けると、ガルドにも座るよう勧めた。
「ガルドと言ったか。その額の傷は、あの竜殺しの……?」
レオニールは、数年前に王都で聞いた英雄譚を思い出して尋ねる。
「いや、お恥ずかしい……昔の話です」
額の傷を隠す仕草とともに、ガルドは苦笑。
「私などより、領主殿の采配の方がずっと聞きます。王国の辺境にありながら、一番豊かな領地だとも」
「それは領民の働きの結果だ」
レオニールは首を振った。
「こうやって問題が起きているから、君もここに来たのだろう」
ふと、腰の布に目が行く。剣に隠れていた布に描かれているのは模様ではなく文字――遠い記憶が呼び起こされる。
それは、この世に生まれるより前の記憶。
漢字で書かれたそれを、思わず声がなぞった。
「……ヤマ……ダ?」
ガルドの顔が一瞬強張り、瞳が見開かれた。
「……読めるのか?」
「文字としては読める……苗字だろうな」
レオニールは僅かに手を挙げ、平静を装いながらも内心は動揺していた。
自分以外にも転生者がいるかもしれない、そして今、目の前に――同じ日本人かもしれない。唐突な「山田」。
「これは、君の……?」
僅かな期待を込めて問いかける。
目の前の男はじっと見据え、静かに口を開いた。
「俺は……」
応接間には沈黙が流れる。
ガルドは言葉を慎重に選んでいるように見えた。
「……いや、これは……土産品だ、鬼人の里の」
その返答に、レオニールははっとした。
自分は何を期待したのか。
望む答えが返ったとして、どうするのか。
「領主殿は博識ですね、意味までわかるとは」
ガルドの言葉に、レオニールは複雑な気持ちになった。
鬼人族の集落はこの領内にもある。漢字のような模様がよく使われるのも知っていた。それでも、胸の奥に小さな棘のような違和感が残った。
レオニールは、悟られまいと目を逸らし、短く返す。
「ああ、何度か見たことがある」
そんなことよりと話を続けた。
ガルドの来訪目的の詳細を聞く。
山沿いの村々の盗賊被害。
ガルドの分析と状況把握に、レオニールは内心で感心しつつ、必要な点だけをすり合わせた。
レオニールは机の地図を指で叩き、一つ息を落とし、続ける。
「近々、派兵しようと考えていたところだが、竜殺し殿が動いてくれるのならば、討伐の許可、並びに兵の派遣を約束しよう」
「……助かります」
ガルドは頭を下げ、立ち上がる。
「報酬も手配する。討伐後、成果の報告を頼む。兵達は君の指揮下に入るよう指示しておく」
「丸投げですか」
ガルドは不満を顔に出すが、レオニールは真顔で返す。
「君が適任だと判断してのことだ。なにかあれば、責任は私に被せてくれていい」
ガルドはその言葉に少し驚く。
真っ直ぐと目を見てくるレオニールに対し、ガルドは一呼吸置いて、了解とだけ返し部屋を後にした。
応接間に一人残ったレオニールは、再度、地図に目を落としながら先ほどのやり取りを思い返す。
布の話題。少しの違和感。ガルドの表情に自分と同じ感情を含んでいる気がしたが、気のせいだろうと蓋をした。
竜殺しと呼ばれた男の顔を思い出す。
「ああいう男が、世界を救うのだろうな」
窓の外。陽の傾き始めた午後の日差しの中、庭の世話をする妻の姿を見ながら一人呟いた。
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