名前と声を伏せたまま、私たちは繋がっている
Leaf_1000
第1話 最後のログイン
銃声が、やけに近かった。
反射的に、
牽制じゃない。――狙っている音だった。
(えっ、どこから!?)
ヘッドホン越しに響いたその一発に、思わず肩をすくめた。
慌てて周囲を見渡したが、視界に異変はない。
それなのに、指が動かなかった。
その時、画面がわずかに揺れた。
ラグのような違和感だった。
同じチームのはずの二人の海外プレイヤー。
杏瑞の視界を塞ぐように、前に出てくる。
(……なんで?)
また銃声が聞こえた。
敵の正確な位置を確認しようとスコープを覗いた瞬間、
前方に立たれて視界を塞がれた。
露骨な嫌がらせだ。
何も言わず、杏瑞は“アプリコット”を前方の雑木林へ動かそうとした。
その瞬間、背後で不穏な金属音がした。
(ピンを抜いた? 手榴弾!)
――爆発。
スマホの画面内が黒炎に包まれる。
体力ゲージが一気に削れ、アプリコットはダウンしていた。
(……やっぱりチームキラーだ)
二人はダウンしたアプリコットを救護することなく、執拗に殴り続けてくる。
突然、チーム内の〈ボイスチャット〉回線がオンになった。
外国語で何を言っているのか分からない。
ただ、二人が笑っていることだけは分かった。
理由は分からない。
(なんで……こんなことをするの?)
耐えきれず、杏瑞はログアウトボタンに指を伸ばした。
(……もう、いいや)
そのまま画面を閉じ、スマホを伏せる。
視界が滲む。
気づいた時には、涙がこぼれていた。
(居場所を見つけたはずなのに……私はどこにいても、同じなんだ……)
――――――――――――――――――――
数日前まで――あの世界がこんなふうになるなんて、思ってもいなかった。
[MMモバイル]を始めたきっかけは、ほんの偶然だった。
高校に入学したばかりの、ある土曜日。
何気なく眺めていた動画配信サイトで、たまたま目にしたゲーム配信。
廃墟を背に、銃を持ったゴシックロリータ衣装のキャラクター。
そのアンバランスさに、なぜか目が離せなくなった。
配信者は、トークが絶妙で滑舌もよく、聞いていて心地よかった。
(話し方が、とってもうまいな……うらやましい)
視聴者と冗談を交わしながら、危険な場所に飛び込み、敵を倒していく。
(凄く楽しそう……)
それが、すべての始まりだった――――
動画を観るうちに、気づけば、配信者の[MMモバイル]関連ばかりを再生するようになっていた。
初心者向けの解説。
操作設定。
立ち回りのコツ。
(この人、本当にこのゲームが好きなんだ)
そして、思ってしまった。
(私も……やってみたい)
不安はあった。
ゲームなんて、ほとんどやったことがない。
それでも――
あの世界に、少しだけ触れてみたかった。
ダウンロードボタンを押し、プレイヤー名を決める。
(アプリコットでいいかな)
自分の名前〈杏瑞〉からもじった、安直なキャラクター名に決めた。
自分で作ったキャラクターがロビーに立った瞬間……胸が高鳴った。
(私がこの場所にいる……)
設定は想像以上に細かくて、調整だけで何時間もかかった。
それでも、不思議と苦ではなかった。
運営から届いた『新規ユーザー』へのプレゼントとして、
20個ほどのクレートがあり、一気に抽選した。
レアアイテム:『エレガントなメイド衣装』
(あっ、メイド服だ!)
同時に引き当てた眼鏡を合わせて、キャラクターを眺める。
(あれ?この衣装って……)
アプリコットを左右にフリックしてみた。
動かすたびにスカートが滑らかに動いた。
さらには専用モーションとして、優雅にお辞儀をする動作もあり、杏瑞のテンションは上がっていた。
(か、かわいい!)
(これからよろしくね、アプリコット……)
アプリコットは、ロビー画面で一人佇んでいる。
――――――――――――――――――――
初めての戦場は、散々だった。
(ごめんね、アプリコット。痛い思いばかりさせて……)
負けて、悔しくて、自己嫌悪に陥って。
それでも、やめようとは思わなかった。
訓練場で練習し、動画を見返し、また挑戦する……気づけば、勉強よりも集中していた。
(こんなに夢中になったの、初めてだ……)
けれど、ランクが上がるにつれ、敵も強くなり、負け越すことも多くなってきた。
さらに、この仮想世界は優しくなくなった。
悪意。
理不尽。
意味のない嫌がらせ。
いままで何度か受けた理不尽な行為。
(やっぱり、この世界も一緒だ……)
――――――――――――――――――――
布団に包まったまま、杏瑞は天井を見つめていた。
泣き疲れて、少し眠ってしまったらしい。
目を覚ますと、スマホが視界に入る。
(……アプリコット)
しばらく、何もせずに画面を見つめた。
迷って、悩んで、考えて。
(これで……最後にしよう)
楽しくても、辛くても……このゲームをちゃんと終わらせよう。
杏瑞はスマホを手に取り、[MMモバイル]を起動した。
(思いっきり駆け回ろう)
(そして――今まで、ありがとう)
それが、『最後のログイン』のはずだった。
けれど――
(これって、なに?)
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